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ホーム > jet全日本エレクトーン指導者協会 > jet会員のご紹介~私たちのステキな先生~ : 2021年8月号 鷺実香先生
月刊エレクトーン 2021年8月号
全国にあるjet会員の個人宅教室を訪ね、エレクトーン指導の独自の工夫やエレクトーンへの想いをインタビューします。今月は山形県山形市から、鷺 実香先生(富岡本店支部)の『音楽教室ぽえむ』におじゃましました。
PROFILE (さぎ・みか)6歳よりヤマハ音楽教室の小学校会場レッスン(現在の幼児科)に通う。小学校3年生の時、音楽好きの父の助言でエレクトーンの道へ。中学校時代は吹奏楽部が忙しく中断したが、高校に入って再開。地元で大学生活を送る中、バイト先のホテルのラウンジでエレクトーンの生演奏を聴き、演奏の仕事を開始。ホテルや結婚披露宴での演奏、テレビ局の朝の情報番組での“エレクトーンのお姉さん”などを経験。卒業後、富岡本店にてヤマハ音楽教室講師として稼働。3年後に退職し、その後渡米。帰国後、英会話教師を経てエレクトーンとピアノの教室を立ち上げ現在に至る。
目にも耳にも優しい感触の“ぽえむ”という教室名は、父が由来。
「亡き父はかつて文学青年で、詩や文筆活動を楽しんでいました。心の中を表現するのは、詩も音楽も共通かなと思い名付けました」
鷺先生がエレクトーンを習うきっかけを与えてくれたのも父だ。
「6歳からヤマハ音楽教室の小学校会場レッスン(現在の幼児科)に通い始めて、3年生でピアノに進むかエレクトーンに進むか家族会議で相談した折、音楽好きでもあった父の“これからの時代はエレクトーンが面白いかもしれない”の一言でエレクトーンに決めたんです。当時は、いきなり大人に混じってラテンのリズムやコードネームを習い、映画音楽などを弾きました。実は父も一緒に習い始めましたが、足鍵盤が難しくてリタイア(笑)。あとは私が続けました」
長じて奏者や指導者の仕事も経験したのち、一時期はエレクトーンから離れていたが、子育てをする中でエレクトーンを弾きたい!という思いが再燃。知人に紹介してもらった先生が、現在の富岡本店支部のアドヴァイザリースタッフで、レッスンに通ううちに指導することにも興味が湧き、14年前にjetに入会。『音楽教室ぽえむ』を立ち上げた。
「最初から生徒さんが順調に集まったわけではないのですが、子ども会活動などが盛んな地区で、お一人ご近所から来てくださると、その方を通じて他の方も来てくださるようになりました。今の教室は、2年ほど前に最初の家の近所に建てたものです。防音対策に加え、生徒さんの写真や掲示物を貼れるようにマグネットボードの壁面をしつらえ、楽譜収納用の棚なども作りました」
教室の公式LINEアカウントを作り、生徒や保護者との連絡や教室便りの一斉送信などに活用している。昨年はアドヴァイザリースタッフとも相談して、jetのメンバーで“オンライン研究会”というグループLINEも立ち上げた。コロナ禍でのレッスンに関する悩みを相談し合ったり、情報交換できる仲間が身近にいるのは心強かったという。昨年の発表会は中止にしたが、今年はコロナ対策を施して例年通りに開催した。
「昨年はYouTubeでお互いの演奏を披露しましたが、やはりステージでお客さまの前で演奏する機会が子どもたちにとってどれほど励みになるか、今回の発表会で実感しました。保護者アンケートでも、“コロナ対策をとりながら開催できて本当に良かった”という声が圧倒的でした」
保護者と密に連絡を取りながら、生徒一人ひとりの個性を丁寧に磨くことを心がけている。
「どの生徒さんにも必ず得意なこと、優れている点があります。譜読みがよくできる、コツコツと毎日練習を頑張る、歩みはゆっくりだけれど一旦仕上がるととても安定した演奏ができる、など。それらを認め、伸ばすことで本人の自信につなげられればと思います。一方で、苦手なことでも経験値とともに少しずつ変わっていくものです。どんな方法でやればより定着するのか工夫すると同時に、生徒一人ひとりの成長を長い目で見守ることも大切だと思います」
生徒に伝えたいことは音楽だけにとどまらない。
「音楽講師はお子さんにとって、他人ではあるけれどそれなりに長い年数お付き合いする大人です。レッスンでは音楽の指導はもちろんですが、挨拶や楽器の扱い方、マナーなど、人同士の関わり方についても必要があればお話しします。音楽とは直接関係ないかもしれませんが、そういうことも自分たちの役割のひとつではないかとも思うのです。そして、レッスン後はなるべくハッピーな気持ちを持ち帰ってもらえるよう心がけています」
月刊エレクトーン2021年8月号より 写真提供/jet本部 文/編集部