ホーム > ヤマハで習う・学ぶ > ヤマハ英語教室 > トピックス > 椎名KAY太(しいなけいた)さん インタビュー


椎名KAY太さんの英語曲作り

椎名KAY太(しいなけいた)さん インタビュー

椎名KAY太さん
東京都出身。高校卒業後渡米、ニューヨーク市立大学にて作編曲を学ぶ。その後ギタリスト、ソングライターとして「七福神」(VAP)でデビュー。解散後5年間ロスアンゼルスにてCMの音楽プロデュースに携わり帰国。以後、作編曲家としてJ-FRIENDS, V6, 20th Century, Re:Japan 等に楽曲を提供、映画「明日があるさーThe movie」、テレビドラマ(「ナースマン」、「ナースマンがゆく」、「レッツゴー!永田町」、「鉄甲機ミカヅキ」、「愛しき者へ」、「永遠の君へ」、「レッド」等)、アニメ(「満月を探して」「ポトリス」「モンキーパンチ 漫画活動大写真」)の音楽担当、CM音楽(「JR東海:京都へ行こう」、「NHK:どうも BSです」、「ミサワホーム」、「ヘーベルハウス」、「野村証券」、「東芝」、「ワンダコーヒー」等)の作編曲と幅広く活躍中。

今回は、作曲家の椎名KAY太さんに英語の曲づくりについてのお話をお聞きしました。
椎名さんは、TVドラマのサウンドトラックやCMソングなどで活躍されており、ヤマハでは、英語教室、音楽教室のテキスト曲に協力頂いています。
ヤマハ英語教室では、「えいごでコミュニケーション1,2,3」「小学1・2年生英語基礎」「小学3・4年生英語基礎」コースといった児童系コースに教材曲の提供を頂いています。
ご自身の幼少時の英語との出会いから、実際に作曲の際に注力された点も含めて「英語」と「音楽」との関わりについて伺いました。

椎名さんと音楽との出会いは・・・・

音楽が好きだった両親の影響が大きいですね。幼い頃から子守唄がわりにレコードを聴いて寝る習慣があって、中学生くらいまでクラシックや映画音楽、アンディ ウィリアムズなどのレコードを聴いていました。
小さい時にエレクトーンを習っていましたが、音楽家の叔父の影響もありギターに興味を持ちました。中学生の時に、キャンプで先輩のフォークギターでの弾き語りに感動して両親に教えてもらったのがギターを弾くきっかけで、その後、ビートルズの曲に衝撃を受け、エレキギターを弾くようになりました。

椎名さんと英語との出会いは・・・・

椎名KAY太さん
やはり英語との出会いは歌、サウンドを通してですね。「これは何て言葉だろう」と意味がわからなくてもとにかく「音」で覚えていました。例えば「Once upon a time」といった表現もひとかたまりで覚えていましたね。たくさんの洋楽を聴くことで英語の音も自然に覚えていたんですね。英語との出会いは、音楽を通して耳からということになります。
10年ほど、アメリカに住んでいたのですが、最初にアメリカという国に憧れ、英語を意識し始めたのは小学2年生の時です。叔父が持っていたアメリカの写真集を見た時、そこには日本には決してない光景がありました。その時、子ども心に将来、絶対この国に行きたいと思ったのです。
アメリカに行ってみたい、英語を話したい、という想いは継続していて、19歳の時に一人アメリカへ渡りました。
留学してから、英語での生活が当たり前になっていくに連れ、英語は手段であることに気づきました。そして音楽を学ぶためニューヨークに居を移しました。
大学卒業後は、ハリウッドで5年ほどいろんな分野の曲づくりの仕事をしました。
英語とのかかわりはそれ以後、ずっと続いていますね......。


ヤマハ英語教室の教材曲制作にあたって・・・・

子どもたちに夢を与えられること、楽しくてライフワークにしたい仕事ですね。そんな気持ちで、教材曲の制作に取り組みました。
教材曲を制作するにあたっては、発音とかイントネーションとか、注意すべきことがあります。日本語とは音節(シラブル)の使い方、リズムが異なります。その点においては、英語圏での生活が長く、英語のリズムが自然と身についていたことや自分の中に英語の音感があったためでしょうか、自然に曲をつくることができました。
小さい頃から、英語の曲に親しんでいたことも役に立っていたと思います。

自分自身が英語に初めて触れ、夢を膨らませていた時の気持ちは今でも持っています。その気持ちを込めて教材曲を作りました。皆さんが、英語の教材曲を聴いた時に、夢が広がったり、いろんな風景がイメージできるように心がけました。
私が感じたような「英語で世界が変わる、この言葉を話すと魔法の言葉のように違う世界に行くことができる」ような気持ちを皆さんにも是非、感じてもらいたいと思っています。
例を挙げますと、「I Need a Pen」(英語でコミュニケーション3コース教材曲)についてですが、イメージは単に「一本のボールペン」ではなく「木でできたおじいさんの万年筆」あるいは、「ペンによって広がっていく世界」といった表現ができればと思いました。「My Town」(英語でコミュニケーション3コース教材曲)では自分の住んでいる町を友達に自慢げに話している子どもの姿をイメージして作りました。シンプルな歌詞の中に、子どものたちがいる風景があり、その上にメロディーがのっている感じです。
歌詞に合わせてフレーズやリズムが決まっていきますが、その中にアメリカの朝食風景を想像しながら作曲しました。皆さんもイマジネーションを大切に、英語を学んでもらえるとうれしいですね。

ヤマハ英語教室で英語を学んでいる皆さんにメッセージ・・・・

英語は世界の人と友達になれる手段(ツール)です。英語をツールとして自分の世界を広げてほしいですね。そのためにもぜひ続けてほしいと思います。続けることはつらいことですが、続けていくと一ヶ月たつと今より進歩している自分がいて、世界が広がっている。できなかったことができていることに気がつく。「ただ、ただ続けてみる」ということは意味がないように思えるけど、その先にかならず違った自分がいるんです。

それから、興味を持って、「楽しいな」とか「面白いな」と感じながらレッスンに参加してほしいですね。自分がその中から得意な部分、例えば、こんな話だったらできることを発見して自分の得意分野を見つけるのもいいし、映画とかを見て、この言葉がわかったらいいななんて思ってくれるといいな。
そして「できた!」という喜びを感じながら勉強してほしいですね。「ここまではできる」、「これはできる」を講師さんや家族の方と一緒に喜びながら、「ここができなかった。でも今はできる。」のステップを繰り返して続けて欲しいです。
講師さんや保護者の方には、子どもさんができたときは、いつもの倍くらい、褒めてあげて欲しいですね。

椎名KAY太さん
中学校の時の英語の授業自体は決して面白いとは言えませんでしたが、英語はずっと好きでした。中学2年の時、短期間でしたが、臨時の英語の先生が、文法などの理論ではなく、短いセンテンスや簡単な表現でコミュニケーションできる楽しさを教えてくれました。
書くことよりもまず音声で覚えて話すことの楽しさを教えてくれ、「できる!」ってことを実感させてくれた授業でした。
ヤマハ英語教室の皆さんも、これからもずっと英語を続けて自分の世界を広げていって欲しいと思います。