Spot Light

黒鍵だけで弾きたくて、見つけた曲が「お座敷小唄」 5歳の僕のレパートリー。

Guest

小曽根 真 氏 (Ozone Makoto)

83年にアメリカでジャズ・ピアニストとして華麗なデビューを果たし、以来多くの音楽シーンを創出してこられた小曽根真氏。近年はオーケストラとの競演でさらに音楽ファンを驚かせています。
自分の音楽そのものと言われるビッグ・バンドNo Name Horsesとの最新アルバムまで、辿られた道行きを語っていただきました。

始まりはオルガン、オスカー・ピーターソンを聴いてピアノに開眼。
 両親共に音楽をやっていましたから、もの心ついた頃からオルガンを弾いていました。5歳の時に母親から「ピアノやってみたら?」と勧められ、レッスンに行ったんですがバイエルに嫌気がさしてすぐにやめてしまった。つまんない…(笑) その頃既にオルガンであればちゃんと曲を弾けていたわけですよ。だからバイエルの単調さが我慢できなかった。学校ではモーツァルトとか聴かされて楽しくない。LP聴いて感想文書くなんてナンセンス!なんて思ったりして。
「ピアノ=クラシック」と塗りこまれちゃっているから、僕はひたすらオルガンでジャズを弾いていました。
 12歳の時に初めてオスカー・ピーターソンのコンサートを観て衝撃を受け、それから僕のピアノ人生が始まったわけです。年齢的には遅いけれど鍵盤楽器は生まれた頃から弾いていましたからね。
黒鍵だけで弾きたくて、見つけた曲は「お座敷小唄」
 子供心に黒鍵を弾くことに面白みを感じていて、白鍵だとドレミファソラシドとなり、つまんない。でも黒鍵だとドレミソラ、なんだかハーモニーがあって、それで見つけた曲が「お座敷小唄」!祖父がうちに来るといつも弾いて聴かせていました。(笑)
 次に覚えたのが「マック・ザ・ナイフ」。これは黒鍵だけでは弾けない、ファとシの音を覚えなくちゃだめ。僕はこのキーが何の音かということではなくて、この黒鍵の隣の白を弾くと言った感覚だったんです。この曲、楽譜で見ると嫌になりますよ(笑) GフラットMajerですからね、弾きにくい!でも僕は音とメロディを鍵盤上で探しながら覚えてしまう。お陰で12-3歳くらいまで楽譜が読めなかった。
 父親に「この曲覚えた!」と持っていくと、伴奏をつけてくれる。それが楽しくて仕方ない。そして父が半音上げて弾いてみろと言う。僕は音を探しながら弾く、その繰り返しでした。父は間違って弾いてもそれを正しません。「もう一度レコードを聴け」と言う。間違いを自分で見つけていきました。
10歳でトップ・ミュージシャンらと楽屋でセッション
 父がジミー・スミス(注1)と友達で、僕が10歳の時に大阪フェスティバル・ホールでのコンサートに連れて行ってくれました。アート・ファーマーやケニー・バレルと言った一流の豪華メンバーで来日していましたから。終わった後に楽屋に出向いたんです。そこにアップライトピアノが置いてあり、父が「何か弾け!」と。その頃はもう既にアドリブが出来ていたので、簡単なFのブルースか何か弾いたんですね。するとジミーが伴奏してくれ連弾に…。そこへケニー・バレルがやって来て「OH!No!!」と言ってギターを出してきた、そしてイリノイ・ジャケがやって来てテナー・サックスを…。大変なセッションが始まっちゃいました。
 そしてイリノイ・ジャケが「この子は日本に置いてちゃだめだ。すぐにアメリカに出してジュリアード(注2)に入れろ」と。これがアメリカという国を意識するようになった最初だったかな。
(注1)世界的ジャズ・オルガン奏者 (注2)クラシック音楽の名門 ジュリアード音楽院
最初のテキストはモシュコフスキーとバッハ
 この2年後にオスカー・ピーターソンでピアノに目覚めたわけです。自宅は両親が音楽教室をやっていたから始終「軍隊行進曲」や「エリーゼのために」なんかが聞こえてきて、いつも「つんまねぇ音楽やってんなぁー。僕には関係ない。」なんて思っていた。(笑)でもピアノをやるからにはちゃんと誰かに習わなくちゃだめだとわかっていたから、母が色々人に聞いてまわって調べてくれ、神戸の灘カトリック教会にいらしたフランス人のジャン・メルオ神父(先生)につくことができました。これはとても幸運だったと思う。この先生に習いたい人たちは沢山いたらしいので。
 最初に先生に「絶対バイエルやハノンはやりたくない!」と生意気に宣言、すると先生はとてもよく理解して下さり「よくわかる。確かにこれは音楽ではなく技術のエクササイズだからね」と。そしてモシュコフスキーのエチュードとバッハのインヴェンションを与えてくれました。次にソナタ集をやったかな…。この先生には1年半くらい習いました。
 当時、跳び箱から落ちて左腕を骨折、治療中はレッスンに行けないのでなんとなくこれで終わっちゃいました。でもこのテキストがあるから自分でずっと練習して、あとはひたすらオスカー・ピーターソンを耳コピー…。聴いて覚えて、聴いて覚えて、その連続でした。僕はクラシックをあくまでもピアノを弾くためのエクササイズとしてとらえていましたから。
18歳でアメリカ・ボストンへ留学
 その後、北野タダオ先生に師事しました。先生は僕をジャズ・クラブに連れて行ってどんどん弾かせる、実地教育ですよ。この繰り返し…。そうこうしているうちに東京に行って勉強しようかなと先生に相談したら反対されました。「東京に行くのだったらアメリカまで行けば良い!」と。そこで初めてバークリー音楽院という学校を知りました。今でこそ日本人の学生は300人くらいいますが、当時はとても少なかった。
 18歳で渡米しました。神戸を出発する時、母が開いてくれた「旅立ちコンサート」に北野先生も出演して下さったのですが、「マー坊(小曽根氏のこと)は向こうに行ったらもう帰ってきいへんだろうなぁ…。」と言われて送り出されました。僕はバークリーを卒業したら神戸に戻り、父のところで演奏活動しながら、北野先生のバンドの譜面を沢山書くのだ!という夢があったから「何言ってんですか!!!僕は絶対帰ってきます。」と反論。でもその通りになっちゃった…。「先生ごめんなさい。」とアメリカから手紙を書いたことを覚えています。(笑)
 ボストンには足掛け10年住みました。幸運にも向こうでデビューできたのでビザがとれたし。僕はね、ビザが取れずにアンダーテーブルで仕事をするのは絶対に嫌だった。だから最初から卒業後は日本に帰るつもりだったんですよ。ところが、とてつもない幸運の連続でゲイリー・バートンのバンドにも入れ、想像もしなかった展開になってしまいました。
音楽の醍醐味は「人とつながる」こと
 ついこの間、ボストンでヤマハのフルコンCFIIISを弾いたんですが、聴きに来てくれた友人が驚いていました。彼は医者なんだけど、東大の学生時代、オケでコントラバスを弾いていたんです。僕の演奏を聴いて、「ピアノ一台でどうしてこんなオーケストラのような音が出るの?こんな音聴いたのは初めてだ!」と。
 おそらく僕は、ピアノという楽器をピアノでありながらオーケストラという捉え方をしているんじゃないかと思う。ピアノの中にすべてがあるんですよ。ここがティンパニ、ここがピッコロ、ここにはフレンチホルン…とね。
 所謂ピアノ協奏曲と呼ばれるものはショパンにしてもモーツァルトにしてもピアニスティックです。
でもガーシュインなんかは結構ピアノがオーケストラの鳴りになっている。僕自身の音楽はいつもそんなカンジなんです。基本的にオーケストラしかりビッグ・バンドしかり、アンサンブルが好き。音楽やっていて何が一番面白いかと言うと「人とつながる」こと。これが一番大事、大切なことなんですね。
僕の音楽に対する信頼と愛情が集結して出来上がったのが「Jungle」
 ビッグ・バンドをやり始めた最初の頃は、よくお客さまから「もっとピアノが聴きたかったのに」という意見をいただいていました。それはきっと、“ビッグ・バンドのスタイルを小曽根真が書くとこうなりますよ”的なもので、従来のかくあるべきといった型にどこか押されていたからだと思う。
 今回録音したアルバム「Jungle」は、“小曽根真がビッグバンドの音楽を書きました”から“小曽根真の音楽をビッグバンドでやりました”に変わったんです。僕の頭の中で鳴っている音を書いてみるとビッグバンドになってしまう....。No Name Horses の4作目までこれが出来なかったんですね、ビッグバンドの音楽が大好きだっただけに。その証拠(?)に今回のツアーではもっとピアノが聴きたかったという声はありません。逆にお客さまはとても喜んでいらして、楽しんでいるのがわかるんです。メンバーもすごく楽しんでいる。活きています。
小曽根氏を陰で支える長年のパートナー コンサートチューナー小沼則仁氏と 「Jungle」は誰にも遠慮せず、自分自身に聞こえてきた音を譜面にして、片っ端から出来たものをPDFにしてメンバーに送りました。今回のアルバムは本当に難度が高くてキツイから練習しておいてもらわなくてはならない。2-3週間前からさらってもらいました。
 リハーサルは1日だけ。1曲1時間、9曲を仕上げました。翌々日からスタジオに入って録音開始。4日間で録り終えました。事前の練習がなかったら絶対に出来ませんでしたね。ピアノとベース、ドラム、パーカッションはそれぞれブースに入ってますが、管セクションはみんなで1部屋。誰か一人がミスするとそれで終わり…。だからすごいプレッシャーだったと思います。
 本当にこのメンバーに感謝!です。僕の音楽に対する信頼と愛情、そしてバンドのみんなに対するそれぞれの愛情が集結してこのアルバムが出来上がったのだと心からそう思います。ぜひ聴いて下さい!
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Profile (プロフィール)

小曽根 真 | Ozone Makoto
小曽根 真 | Ozone Makoto

父、小曽根 実の影響でジャズに興味を持ち、独学で音楽を始める。
1980年渡米。1983年ボストンのバークリー音楽大学ジャズ作曲・編曲科部門を首席で卒業。同年ニューヨークのカーネギーホールでソロ・ピアノ・リサイタルを開き、米CBSレーベルと日本人初の専属契約を結び全世界デビューを果たす。同時にグラミー賞受賞アーティスト、ゲイリー・バートン(ヴィブラフォン)のグループに参加、ワールド・ツアーを開始。この頃から作曲家としての活動も始め、ゲイリーをはじめとするさまざまなミュージシャンたちに曲を提供するようになる。2003年2月、ゲイリー・バートンとのデュオ『ヴァーチュオーシ』(Concord)で、第45回グラミー賞に初ノミネート。近年は、クラシックにも本格的に取り組み、シャルル・デュトワ、尾高忠明、井上道義、大植英次らの指揮のもと、国内外のオーケストラとガーシュウィン、バーンスタイン、モーツァルト、ベートーヴェンなどの作品を演奏している。また「第18回国民文化祭・やまがた2003」では自作のピアノ協奏曲「もがみ」を弾き振りで発表。
一方、2004年には自らがプロデュースする総勢15名のビッグバンド「No Name Horses」を結成し、翌年には「No Name Horses」のデビュー・アルバムをレコーディング。2007年には東京JAZZに「No Name Horses」を率いて参加し、『着実にこの世界に新風を送っている』(日本経済新聞)と評された。
2008年3月は、「No Name Horses」のセカンドアルバム『Ⅱ』の全国ツアーで約1ヶ月熱いステージを繰り広げた。
2009年5月には、「No Name Horses」のラテン音楽をテーマとしたアルバム『JUNGLE』のリリース。このアルバムにも参加しているラテン・パーカッションのパーネル・サトゥルニーノをゲストに7月から全国クラブ・ツア-を行い、続けて7月末から8月にかけてフランスのラロック・ダンテロン国際ピアノ音楽祭とスコットランドのエジンバラ・ジャズ・フェスティバルに出演予定。

精力的な演奏活動のかたわら、人気FMジャズ番組「OZ MEETS JAZZ」のパーソナリティーを務めるほか、テレビ出演や舞台音楽、ドラマ音楽を手がけるなど、ジャズの世界を超えた幅広い活動へと挑戦を続けている。

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Works (作品)

『Jungle』
小曽根 真 featuring No Name Horses
Jungle/小曽根 真

好評発売中
ユニバーサルミュージック
UCCJ-2075
3,000円(税込)

『Road to Chopin』
小曽根 真
Road to Chopin/小曽根 真

2010.4.14Release!!
ユニバーサルミュージック
UCCJ-2080
3,000円(税込)

Messages from friends !

エリック・ミヤシロ(トランペット奏者)
70年代後半に小曽根さんがハワイに来られた時が初めての出逢い。僕は一ファンでした。1983年にボストンのバークリー音楽院に入り、その頃から色々ご一緒させてもらっています。
彼は本当に総合的なミュージシャン!
ビッグ・バンドは、プレーヤーとしてよりすごいリーダーがいれば成り立つし、逆にすごいプレーヤーであってもリーダーシップをとれない人もいるから、小曽根さんはすばらしいリーダーであり、すばらしい一人のミュージシャンなんです。パランスがとれている。アレンジャーとしも世界レベルの人。僕個人としても心から尊敬する方です。 新しいアルバム「Jungle」はラテンがテーマ。だけど今までの常識を覆したものじゃないかな。(ちょっとクサイけど/笑)すごくよく構成されたフルコースの食事を味わっている気分。ぜひ楽しんでください!
Official Website:http://www.bluebirdland.com/eric/
中川 英二郎(トロンボーン奏者)
私が最も尊敬するアーティストです。ピアニストとしてはもちろん、作曲家としてもすばらしい方。先日、ラ・フォル・ジュルネでも50分くらい一緒にバッハをやらせていただきましたが、彼はジャンルを超えて音楽の架け橋になる人ですね。
今回のアルバムは小曽根さんの音楽をビッグ・バンドで表現したもので、レコーディングは本当に大変でした。とにかく難度が高いし、気を抜ける曲が一つもないんですから。よくみんな集中力が最後まで持ったなという感じ…笑
ツアー中も毎日音楽が変化していきますよ。本番で小曽根さんとリズム・セクションが何の相談もなく我々に仕掛けてくる、こっちもお返しにやる、そんな駆け引きの連続で音楽がどんどん変わっていくし、CDとは随分変わってしまっているかも。そんなところも大きな魅力なんです。
Official Website:http://www.eijiro.net/
クリス・ミン・ドーキー(ベーシスト)
Makotoといっしょにツアーに行き、演奏できて幸せでした。(特に、美味しいものを食べられたことが!)彼は本当に、信じられないほどすばらしいピアニストです。技術的なスキルが群を抜いているだけではなく、音楽性が非常に深遠で、彼と演奏するとテレパシーを信じられるのです。
この驚くべき音楽の才能は、習得できるものではなく生まれ持った人だけのものです。Makotoが世界のトップピアニスト達の中に入ることは、まったく自然なことです。私はいつでも彼と演奏し、彼の演奏を聴くことを楽しみにしています。とても美味しい焼き肉屋さんにいっしょに行くこともね!
I've had the pleasure of touring, performing (and not least eating great food!) with Makoto. He is truly an incredible pianist. Not only are his technical skills beyond measure, his musicality is so deep that playing with him will make you believe in telepathy. This amazing musical talent is not something you can learn, but something you are born with. It is only natural Makoto is among the top pianists of the world.....I always look forward playing with him, listening to him - or going to an incredible Yakiniku restaurant with him!
Official Website:http://www.doky.com/
漆原 朝子さん(バイオリニスト)
小曽根さんとはもう10年以上前に音楽祭でお会いしたのが初めて。 そして一昨年、2007年の宮崎国際音楽祭でモーツァルトのピアノ協奏曲で共演しました。 続いて昨年は小曽根さんのコンサートツアー「Mozart Meets Jazz」でコンサート・ミストレスをやらせていただきましたが、私にとっては初めての即興演奏。もう別世界のようでしたね。
小曽根さんは三回、特別にセッションを持ってくださり、即興と無縁だった私を特訓してくださいました。第一回目のとき、E-durのコードをジャーンと叩いて「ハイ!何でもいいので好きに弾いて下さい!」とおっしゃり、「何でもと言われても…」と非常に困惑してしまいました。 私達クラシックの世界の人間は楽譜がないとだめなんです。 シンプルなコード進行から始まりフリースタイルの即興を特訓していただきました。たった三回でフリースタイルの即興を何とかできるようにして下さった小曽根さんは、さすがです!
このときは、モーツァルトのピアノ協奏曲のカデンツァ部分を小曽根さんとのデュオで即興をさせていただいたのですが、毎回、何が出てくるかわからない、スリル満点の変化をしながら次々と新しい世界に導いていただきました! 普通では経験できないことで、かけがえのない本当に幸せな時間でした。
小曽根さんはあんなにすごいアーティストなのにとても気さくでユーモアたっぷり! 音楽に対して真摯でとても勉強熱心、意欲的で積極的、バイタリティあふれる本当に素敵な方です。
またいつかご一緒できるのを楽しみにしています。
Official Website:http://www.kojimacm.com/artist/urushihara/urushihara.html
小曽根 真 ショパン生誕200年記念アルバム Rord to Chopin Promotion Video

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