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    [ALL ABOUT]ユーミン×帝劇 変わらないもの 純愛

    配信日: | 配信テーマ:Jポップ

     ◇Pop Style Vol.573
     ユーミンが、帝劇に戻ってくる。日本のポップスの道を切り開いて45年、今なお走り続けるシンガー・ソングライター松任谷由実さんが、100年以上の伝統を誇る演劇の殿堂、帝国劇場に立つ「ユーミン×帝劇」は、今回が第3弾。コンサートと芝居の融合であり、まさにポップス史と演劇史の出合いといえる。作品名に初めて、ユーミンのオリジナル曲のタイトルを冠した「朝陽(あさひ)の中で微笑(ほほえ)んで」は、500年後の未来の純愛物語という。どんな世界が広がるのか、27日の開幕まで興味が尽きない。
     
     11月上旬、東京・有楽町、帝国劇場9階の稽古場。「もう一回やってみようか、ちょっと動きを抑えて」。作・演出を手がける松任谷正隆さんが、立ち上がって俳優に指示する。若手も正隆さんに積極的に演技の相談をし、稽古場は一体感が漂う。
     ユーミンは、演出席の後ろに置かれた椅子に体を預け、稽古を見つめる。俳優がアドリブを飛ばすと、真剣な表情が緩み、笑顔になる。稽古に集中しながら、歌のイメージを膨らませているようだ。「プロの役者さんって『感情の曲芸師』ですよね。感情の起伏を変幻自在に操ることができる。本番が楽しみになっています」
     ■500年後の未来
     今作を形容するなら、「ミステリアスな、大人の純愛ファンタジー」だろうか。主人公は、ある理由で警察から取り調べを受けている無職の中年男・鳴沢(なるさわ)(寺脇康文)。結婚を約束した恋人を20年前に難病で亡くした過去を持ち、現在は娘のように年の離れた女性・紗良(さら)(宮澤佐江)のことを気にかけている。なぜ、鳴沢は紗良に引かれるのか。なぜ、警察に追われているのか。謎をはらみながら物語は進む。
     500年後の未来という設定はとっぴにも感じられるが、ユーミンは「そんなに変わっていないんじゃないか」と、想像を巡らせる。「人間の体のフォルムは変わらないだろうから、靴を履いて歩くといった生活やツールもあまり変わらない。iPS細胞などの実用化で寿命が延びたとしても、結局は共同体の中でふさわしい寿命がコントロールされてしまうと思う。なぜなら長く生きただけお金がかかるから。人は一人では生きられないから、それが可能な人だけが長生きするわけにもいかない」
     技術が進歩しても人間の基本的な営みは変わらないだろう。ユーミンの考えはそう帰結する。正隆さんも作品のテーマを「変わらないもの」と語る。それは純愛であり、死生観。だからだろうか、未来が舞台の戯曲なのに、どこか懐かしい香りすら漂う。
     ■芝居に溶け込む歌
     「舞台に立つと、役者さんの演技のバイブレーションが感じられて、共鳴し合っていきます。そこが(音楽の)ライブとの違い」と、ユーミンは語る。
     「ユーミン×帝劇」の魅力は、シーンに呼応するユーミンソングを、本人が生で歌い、相乗効果で感動を高め合うこと。今作は、場面と歌唱がより深く絡む。特に、熱唱するユーミンの眼前で、激しい芝居が繰り広げられるクライマックスの一体感は、観客の心を大きく揺さぶるだろう。「ライティングの効果も含め、反省を重ねた。まさに合体と言っていい」(正隆さん)
     歌がより芝居の中に溶け込んでいく一方で、ユーミンは「かえってシンガーとして歌に集中する度合いが高くなる」と語る。歌手としての意識の変化があるようだ。
     38枚目となるアルバム「宇宙図書館」の全国ツアーを、9月下旬に完走。自己最長、最多本数となる42都市、80公演の成果を「アスリートのようになった」と例える。「『この入り口はこういう入り方で』『この歌詞はこういう部分を鳴らして』と、全ての曲について細かくコース設計して歌うようになった」のだという。
     1972年のデビュー以来、ポップスのシンガー・ソングライターとして歌い続けてきた。そこには、クラシックのようなメソッドがなく、自己流が通用する。「だけど、自己流の中で、自分を今までのケーススタディー(事例分析)として、もっと先に進みたい。私が丁寧に歌うことで、こういう歌だったと自分に気付かせてもらえるんじゃないか」。あくまで歌に集中することによって、伝えるべき感情が自然にのり、登場人物の心理や場面の空気感も浮き上がってくる。過去2作と似て非なる舞台として、進化を遂げることだろう。
     ■うたかたの美しさ
     ●宇宙の片隅で めぐり逢えた喜びは うたかたでも 身をやつすの
     公演タイトルとなった「朝陽の中で微笑んで」の詞の一節だ。76年、旧姓の「荒井由実」名で出した最後のアルバム「14番目の月」に収録された曲。40年以上たっても色あせない名曲であり、テーマもその後の彼女が紡ぎ続ける世界と通底している。運命の不思議さ、生と死、悠久の時間——。この歌のほか、明らかにされていないユーミン珠玉の13曲と、正隆さんの脚本、役者たちの演技が溶け合う唯一無二の舞台について、ユーミンは改めてこう表現する。
     「永遠の中のうたかたの美しさ、悲しさがとてもよく出た舞台。見終わって日常に戻られたとき、その日常も貴重な時間だと改めて感じてもらえたらうれしいです」
     
     ■ユーミンの正隆さん評
     「(帝劇舞台の)1回目から、この人はこんなことが出来るんだと驚きましたけど、2回目、3回目と、端的にどんどん面白くなっている」
     ■正隆さんのユーミン評
     「彼女はどんなショーを作っても、必ず自分のものにする。普通のツアーは言うに及ばず、シャングリラもそう。今回も自分のものにできていればいい」
     
     ◆27日開幕 
     「朝陽の中で微笑んで」は、27日から12月20日まで帝国劇場で上演。キャストは他に、鳴沢に目を光らせる刑事に斎藤洋介。水上京香、中別府葵ら、若手実力派が彩る。(電)03・3201・7777。
     
     ◆舞台で披露の楽曲は? 全14曲を予想しよう 
     舞台で披露されるユーミンの楽曲は、「朝陽の中で微笑んで」以外は公演当日までのお楽しみだ。ヒントとして明かされた収録アルバム名を基に、全14曲を予想しながら劇場へ向かってはいかがだろう。(発売年順)
     「MISSLIM」(1974年)
     「14番目の月」(76年)
     「OLIVE」(79年)
     「時のないホテル」(80年)
     「PEARL PIERCE」(82年)
     「ALARM a` la mode」(86年)
     「THE DANCING SUN」(94年)
     「Cowgirl Dreamin’」(97年)
     「FROZEN ROSES」(99年)
     「acacia」(2001年)
     「POP CLASSICO」(13年)
     ◎初日まで変更の可能性があります
     
     ◆残したいのは今の空気感 脚本・演出の松任谷正隆さん 
     現在、順調な仕上がりの稽古に「脚本、苦労したからね」と苦笑いする。昨年末完成予定が、年明けにもつれ込んだ。「第2弾の舞台は正月の三が日で書き上げ、3日で書けることが分かった。一気に書かないと温度感を忘れちゃうでしょ。今回は温めすぎた。書き始めて3日で仕上げなかったら全部やり直し、それを繰り返しましたね」
     未来の世界を描く物語のベースには、20年来、各界の識者らと続けている勉強会の存在がある。「未来の世界は見えないけど、残したいものは確かにある、ということが勉強会でやってること。一番残したいのは、今の空気、価値観」
     キーボード奏者、作・編曲家から始まり、文筆家、モータージャーナリスト、司会、俳優、大学教授と肩書が増える一方。脚本家、舞台演出家について「肩書に入れるほどやってない」と謙遜するが、「考えたストーリーを演じてもらう、こんな面白いことはない」と、前向きに楽しむ。
     ユーミンの曲を絡める舞台という趣向も大きい。「由実さんの曲をリリースするときに、必ず僕のメッセージも発信しているつもり。だから、このシリーズは僕にとっては自然なもの。この曲を作っているときはこんな感じだったというのをベースに選曲したり、それによってストーリーが変わったり」
     近年、舞台音楽を手がける機会が増え、著作の出版も相次いでいる。やる気の源泉は? 「何が生きがいかと言えば、学んでいくときの喜びが一番大きい。自分ののびしろの部分がある、まだ知らないことがある。じゃあ、それをここに利用しようってね」。たゆまず進化を目指す姿勢は、夫婦共々変わらない。
     
     ◆メイン3役が意気込み
     メインの役を務める3人に、公演への意気込みを聞いた。
     ◇寺脇康文さん(鳴沢肇役)「出演者に当て書きした脚本が、本当にはまっていて、鳴沢という役は僕そのものです。ユーミンの歌は、物語に色を付ける魔法の粉のよう。一緒にエネルギーを出して行きたいです」
     ◇宮澤佐江さん(北岡紗良役)「役のその時その時の感情に合った歌を、ユーミンが歌ってくれることで、俳優も五感が広がっていくような感覚になります。この前、『一緒に買い物に行こうね』と言ってもらえました。待ってます!」
     ◇六平(むさか)直政さん(大崎医師役)「ユーミンは僕らの時代の旗手。全曲歌えます。一緒にやれるのが信じられない。正隆さんは隅々まで見ていて、少しでも気を抜くと指摘されます。一音でもだめなら全体が崩れるという、音楽を作っている感覚に近いのかも」
     ◆座長ユーミン 帝劇「主戦場の一つ」 
     座長ユーミン! 幼い頃から芝居好きの母親に連れられ、数々の舞台を訪れている彼女は、座長としての粋な演出を心得ている。
     まずは、初日に関係者全員の弁当を用意する「座長弁当」。この帝劇公演の伝統に、前回は陸路と空路を駆使して、関西から懐石弁当を200個用意した。さて、今回は? 「かなり具体化してます。ご期待に応えて初日に映像で、お品書きまで公表しようと思っています」
     ユーミンならではの趣向も。東京・八王子市の実家である「荒井呉服店」謹製の楽屋のれんが、メインキャストに贈られるのだ。「これまでも、分厚い色帳からその人に合う色を私が選んで発注しています。実家孝行でもあるんですけれど」
     現在の帝国劇場の建物が落成した中学1年の時に、「風と共に去りぬ」を観劇している。劇場への並々ならぬ思い入れがあるようだ。「3回目にして重みを実感しています。それまでは『アウェー』感が強かったので。でも今は主戦場の一つ。こういう経験をするミュージシャンもなかなかいないので、誇らしい気持ちです」
     
     ◆過去2作品 
     ◇「8月31日〜夏休み最後の日〜」(2012年)
     交通事故で意識不明になった一彦(吉沢悠)の夢の中に、元恋人の千佳(貫地谷しほり)が入り込み、記憶の中で互いの思いを伝え合う。ユーミンは「ジャコビニ彗星(すいせい)の日」「ANNIVERSARY」「青いエアメイル」など16曲を歌った。回り舞台で弾き語りする場面があるなど、帝劇の舞台機構を大胆に駆使した。
     ◇「あなたがいたから私がいた」(14年)
     現在と戦時中、戦後を行き来する物語。老人ホームで暮らす園子(藤真利子)が回想する過去。若き園子(比嘉愛未)は幼なじみの栄一(渡部豪太)に恋心を抱いていたが、栄一に召集令状が届く。絵画風の映像、透明度が切り替わるスクリーンなどで、美しくはかなげな追憶の風景を現出させた。「悲しいほどお天気」「守ってあげたい」「経(ふ)る時」「春よ、来い」など14曲。
     
     
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     ◇文・浅川貴道、清川仁

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