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    <らっこ・アーティスト>ケイコ・リー 女の歌は強くかわいく

    配信日: | 配信テーマ:ジャズ

     どうも、何かと女の方が強い。党首討論会なぞを見ていても、ひとりの女性を多数の男性が寄ってたかってつるし上げようという状況は間違いないのだが、その女性、泰然として左にかわし右によけ、まるで旗本退屈男である。別段好きでも嫌いでもないのだが「強さ」だけはくっきりと浮き上がる。安室奈美恵の引退宣言にしたって、山尾志桜里前衆院議員の偉そうな、はたまた斉藤由貴のしれっとした記者会見にしたって、何かといえば頭下げてばかりいる男どもとはわけが違う。

     安室のソロとほぼ同じ時期にデビューしたこのジャズ歌手の、肩の力が抜け悠然とした様子なのに揺るがぬ自信をジワッと染み出させる振る舞いに、今この女性時代の萌芽(ほうが)を見たというのは、後出しジャンケン過ぎるか。

     ケイコ・リーは、いつも、ファッショナブルで格好良くやせていて、いばっていられるのに、ヒャラヒャラと声を出さずに笑っている。歌の世界に関しては、売って歩けるほどの自信と自負を持っていて、語り出すと声を落としたまま力を込めて説明する。なれど、それ以外になると脱力してソファにめり込みそうである。今時は「かわいい」というのだろうがそれは失礼。この胆力に対して「かわいい」はない。「強くてかわいい」、「強かわ」なのだ。

     新作アルバム「TIMELESS」(ソニー)は、「甘く危険な香り」「ラブ・ストーリーは突然に」「桃色吐息」「ワインレッドの心」「胸の振子」「卒業写真」「リバーサイドホテル」など大ヒット13曲を収録したカバー集である。ポピュラーや歌謡界からジャズにアプローチする試みが一つのブームだが、それを逆手に取った感じ。でも、ちゃかしてはいない。それどころかポップスに対して並々ならぬ敬意が払われている。

     「まず曲ありき。次に私の歌のイメージ。次が多彩なアレンジ。すべてがシングルカットできる高い完成度になった」とぼそぼそ語る。なぜ今?

     「いつかやりたい、とずっと思っていた。ある日『卒業写真』を日本語で歌ったら泣く人がいる。言葉って、刺激の質量が違うでしょ。それと、最近、若い子が1980年代Jポップをよく知っているの。『あ、スタンダードになったな』と実感した。そろそろ録音する潮時かと」と企画スタートした。

     ジャズやロックなど洋楽は「自発的に勉強した」音楽だが、当時の日本の歌謡曲・ポップスは「生活に密着して細胞に刷り込まれ体内に入ってきた」音楽。根源的な強さが違う。盟友の野力奏一はもとより前田憲男、岩代太郎が編曲、TOKUや五十嵐一生、小沼ようすけらが演奏で参加した。端から端まで「強かわ女」の歌が聴こえる。【川崎浩】

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