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    <音のかなたへ>橋の上で

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     小さな橋の欄干に、さまざまな色の南京錠がかかっている。光が差すと、時折、川のさざ波と鍵に同じようなきらめきが走る。

     10年ほど前から、観光地の有名な橋に見かける光景だが、こんな小さな橋ではあまり見ない。ドイツ・バイロイト市内から郊外に向かう道路に沿って、少し離れて流れる川の上。

     バイロイト音楽祭は毎夏、ワーグナーの楽劇を集中して上演する。世界中からワーグナーのファンが集まるため、ホテルが取りにくく、いつも中心地からかなりはずれた安宿になる。それでも小さな街なので、上演が行われる祝祭劇場には歩いて行ける。初めのころは幹線道路を歩いていたが、そのうち、川を渡って住宅街を通ったほうが近道と知った。

     バイロイトの街並みは何年たっても変わらない。初めて来た30年近く前と、目にする家のゴミ箱の位置ひとつ変わっていない。宮殿、教会、辺境伯歌劇場、ワーグナーの家――、通りを走る車が馬車になれば、そのままワーグナーの時代に戻ってしまう。

     橋に南京錠がかけられるようになって、それが見る見るうちに増えたことは、バイロイトにとって大きな変化だろう。

     何年か前のこと。その日は雨で、夏なのに少し寒かった。祝祭劇場へ向かう途中、橋を通りかかると、橋の中ほどに、一つの傘の下に立っている男女が見えた。青が目に残る傘で女性も青の混じる服。男性は地味なスーツ。渡ろうとすると、女性がかがんで南京錠を橋の金網に付けていた。脇をすりぬけるとき、男性がこちらを振り向いた。女性は金髪と横顔しか目に入らなかったが、一瞬、かなり年の差のあるカップルに見えた。

     当日の演目は《ニュルンベルクのマイスタージンガー》。若い町娘エヴァとの結婚をかけた歌合戦だが、年取った靴屋のマイスター、ハンス・ザックスがエヴァに愛情を抱いていると分かる場面がある。理性で抑えて引くザックスを見ながら、橋の上の二人の姿が思い浮かんだ。

     帰り際、おそらくそこと思われる場所を見ると、青い色の鍵に二人の名前が書いてあった。

     小さなフロントにでんと構える安宿の女主人に話すと「鍵はいつかまとめて片付けられるらしい」とつっけんどんに答え「昔は木に名前を彫った。その木にも」と入り口の広場の大きな菩提(ぼだい)樹を指さした。

     バイロイト音楽祭には同じ日程で行くので、ほぼ毎年、同じころ橋の上を歩く。あの二人の姿は二度と見かけない。今年は新しく演出される《ニュルンベルクのマイスタージンガー》の初演とあって、なんとなく気になった。偶然、今年も雨模様だった。

     青い鍵はそのまま残っている。

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