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    <音のかなたへ>フレイレの音

    配信日: | 配信テーマ:クラシックその他

     激しい雨が降ったかと思うと、苛烈な日差しがぶつかってきて、木々や車の屋根に付いた水玉が輝きながら転がり落ちる。街路からいくつも首を伸ばしたアガパンサスの紫の花も光の花になり、次にまた水の花になる。

     今、目の前に見える花は、花の表面的な形であって、花の本質は別にある、と考えるギリシャ哲学を、教科書の中の古い考えとして記憶の片隅に退けていた。しかし、これほど天気が入れ替わり、街も空も花も見え方が千変万化すると、見えているものと見えているものの本質を別にとらえようとプラトンやアリストテレスなどが考えるのも分かるような気がする。

     ネルソン・フレイレのピアノを独奏、協奏曲と続けて聴いた。リサイタル(7月4日、すみだトリフォニーホール)のプログラムはバッハ、シューマン、ヴィラ=ロボス、ショパン。

     シューマン《幻想曲》の、すべてが水に濡(ぬ)れたような和音の中から、たゆたう旋律をフレイレの指がとらえる。それは、当てのないシューマンの愛の表現に沿っている。

     一転して、ヴィラ=ロボス《赤ちゃんの一族》から《色白の娘(陶器の人形)》《貧乏な娘(ぼろ切れの人形)》《小麦色の娘(張りぼての人形)》では、からっとした日差しが道に作り出す影のように濃淡が切り替わる。

     ショパンの《ピアノソナタ第3番ロ短調》の第2楽章はまさに急流の水がはねる速さ。しかし、その水しぶきが一瞬、一瞬、宙に止まって幻影を重ねる。

     協奏曲は、飯守泰次郎指揮の読売日本交響楽団とブラームスのピアノ協奏曲第2番が取り上げられた(同7日、東京芸術劇場)。

     前奏のホルンが遠い風を伝えると、ピアノが低音からゆっくりと和音を重ねて立ちのぼってくる。フレイレの音の優しさが、弱音にもかかわらず一瞬にして会場を深く包み込む。

     この曲のオーケストラとピアノとの絡みには、ブラームスの内面の屈折が何重にも反映しているだろう。そこを突き進むフレイレの指は、透き通った速さを生み出し、自己表出の濁りを切り捨ててゆく。

     独奏も協奏曲も、聴いていて、存在は目に見えないものとしてあると思わざるを得なかった。フレイレの中の限りなく無に近づいてゆくものが、シューマンやヴィラ=ロボス、ショパンなどとそれぞれに一体となる。それは、ギリシャ哲学の質料と形相という考え方に親しみを感じさせる。難しいことではなく、フレイレの音楽の本質がシューマン、ショパンという形そのものになるとしか思えないのである。

     確かに、存在に触れる音を聴いた。

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