音楽ジャーナリスト&ライターの眼 ~今週の音楽記事から~

新聞社の音楽記事、音楽ライターによる書き下ろし記事を集めたウェブサイトです。(毎週、月・木更新)

新聞記事

つぶやく・ブックマークする

    [ALL ABOUT]ゆず デビュー20年! 歌で築け!心の架橋

    配信日: | 配信テーマ:Jポップ

     ◇Pop Style vol.546
     人気デュオ、ゆずがデビュー20周年を迎え、盛り上がりを見せています。北川悠仁さん、岩沢厚治さんは路上ライブから出発し、今や250曲以上を発表。どんなにビッグになっても、スタジアムの大舞台に立っても、アコースティックギターを抱えて歌う「弾き語り」スタイルを貫いてきた2人に、ここまで歩んできた気持ちを聞きました。
       
     ゆず 北川悠仁、岩沢厚治により1996年3月結成。横浜・伊勢佐木町で路上ライブを始める。97年10月、ミニアルバム「ゆずの素」でデビューし、98年6月のシングル「夏色」が大ヒット。2004年、「栄光の架橋(かけはし)」がNHKのアテネ五輪放送テーマソングに、13年には「雨のち晴レルヤ」が同局連続テレビ小説「ごちそうさん」主題歌となる。50曲入りのベスト盤「ゆずイロハ 1997—2017」(セーニャ・アンド・カンパニー)が4月26日に発売。現在、ドームツアー中。
     
     ◆路上ライブが全ての始まり。僕らの場所 北川悠仁 岩沢厚治
     ——20周年のお気持ちを。
     北川 10周年、15周年は句読点でいう「、」のような感じがしていましたが、この20周年で初めて「。」が付いた気がします。今は自分たちを褒めてあげようかな、と。
     岩沢 月並みですが、20年は長い。よくここまできたなという気持ちです。
     ——路上で培ったスタイルを貫いていますね。
     北川 僕らは路上で居場所を見つけられた気がしています。目標や大きな野望はそんなになかったんだけれど、ゆずを一日でも長く続けていければ、ということの延長でここまできました。その後、ライブハウス、野外、ドームといろんな場所で演奏してきましたが、「どういう風にやったら伝えられるか」ということを考えながらやる、ということは変わっていないかな。
     岩沢 デビュー前、路上ライブをやっていたら今の事務所の社長がたまたま通りかかったんです。その後、部下の人が派遣されて、最初から最後まで、ずっと見ていました。路上って家路を急がれる方が多いので、何度同じ曲を歌ってもいいんですよ。でもその人はずっと見ているので、同じ曲ばかりではいかんな、と。一日のメニューを考えるとか、デモテープを制作するとかの工夫が、今のゆずになるポイントでした。
     北川 最後の路上ライブは、ターニングポイントでした。「夏色」が発売されて、200人、500人、1000人とお客さんがすごい数になって、街が混乱してしまった。それは本望じゃないし、街を愛していたので、やめることを決意しました。最後の日は台風の中、7000人もの人が集まってくれて。みんなが「頑張ってくるんだよ」と背中を押してくれた気がしましたね。僕にとってはあの日路上を旅立った時が、プロとして進み始めた一歩。大切な青春だけれど、もう戻れない場所、戻らない場所でもあるな、と思っています。
     ——また、路上でやりたいですか。
     北川 去年、台湾でやりました。たまたま通りかかった方が僕らの歌に足を止めてくれたのはすごくうれしかったですね。2011年の東日本大震災の後も、仙台でやりました。皆さんに歌を届けられ、やってよかったんじゃないかなと思います。
     ◆私たちのゆず
     ——読者から集まった「ゆずの曲にまつわる個人的なエピソード」を、お二人とともに紹介します。
     <高校1年の時、卒業式で流すビデオを撮影していると、先生がギターで弾き語りをしてくれて、みんなで歌いました。その曲が「栄光の架橋」。撮影後に先生の異動を知り、送別会でみんなで号泣しながら歌いました(長野県・10代女性)>
     北川 「栄光の架橋」はもちろん僕らが作って歌っている曲ですが、僕らの手を離れて、みんなの中で歌い継がれていくというのはすごくうれしいですね。
     <小2の時に神奈川から長野に引っ越すことになり、お別れ会で、担任の先生の弾き語りで「またあえる日まで」をみんなに合唱してもらいました。おかげで新たな場所でもこの曲を心の支えにして頑張ることができたし、10年経(た)った今でもみんなのことを覚えています(長野県・10代女性)>
     岩沢 子供の頃にそういうことがあった人が、大きくなって僕たちとどこかで会った時、当時のエピソードを切々と語ってくれることがあるんです。鮮明に覚えているんでしょうね。
     北川 曲を聴いてその時の記憶を突然思い出すというのは、僕らもあります。僕らの曲が皆さんにとってそういう曲になっているとしたら、すごくうれしい。
     <昭和の有名曲しか歌えないおばあちゃん。NHKの連続テレビ小説を見るのが日課で「雨のち晴レルヤ」だけは歌うことができます。「すごくいい歌。こんな風に思ってもらえる人を見つけなさい」と、紅白歌合戦で涙を流しながら口ずさむ姿を見て、結婚式で旦那さんに歌ってもらうことを決意しました(大阪府・20代女性)>
     北川 「雨のち晴レルヤ」で、今までゆずを知らなかった年配の方々からお手紙をいただくようになりました。最後に「かしこ」と書いてあるような。そういうお手紙を読むのが好きなんです。3世代で聴いてもらえる音楽を目指しています。
     <「桜会(さくらえ)」の歌詞の「あなた」を好きな子の名前にして、歌った後に告白したらオッケー貰(もら)えました! 今は付き合って2年目です(沖縄県・10代男性)>
     北川 ……すごいね。若い子の話を聞いていると、今ってLINEとかで告白しちゃうというのがよくあるのに、歌を歌って告白するなんて。君なかなかやるな!
     <喧嘩(けんか)して数年、ほとんど口をきいていない妹がいます。妹とは唯一、ゆずっこ(ゆずのファン)という共通点があります。大学に入ってすぐ、新しい環境に慣れず泣いた日、妹が何も言わずそばに来て「雨と泪(なみだ)」を流してくれました。言葉は無くてもとても励まされた大切な思い出です。今ではゆずの話題の時だけほんの少し会話をします(大阪府・20代女性)>
     岩沢 姉妹ならではの線を引いてしまう時期があるんでしょうけれど、その間にゆずの曲がすっと入り込めてよかった。会話はなくとも、ライブとかに来ていただけたらいいですね。会話なくどうやって来るのか、わかりませんが……。ゆずはやめませんので、ぜひ架橋として今後も使用していただいて構いません。
     ◆「ゆずイロハ」選曲のポイント
     ——ベスト盤「ゆずイロハ」の選曲のポイントは。
     北川 「夏色」や「栄光の架橋」は知っているけど他は……という方もたくさんいます。そういう方々にも、もっと知っていただきたくて「ゆずイロハ」というタイトルを付けました。スタッフに、例えばカラオケではどの曲がたくさん歌われているか、といったことをリサーチしてもらって。ベスト盤でありながら作品としてどう作れるかと、2、3か月かけて考えました。
     ——個人的に思い入れのある3曲は。
     北川 まず「栄光の架橋」。NHKのアテネ五輪放送のテーマソングになりました。自分が日本代表になったことがないので(笑)、オリンピックに出る人たちの気持ちがわからない。悩んで、最終的に自分たちの歩んできた道を書こうと思いました。普遍性のある曲を作ることができたと思っています。次は、「夏色」。僕たちデビュー曲の重さとか全然分かっていなくて、軽い気持ちで決めてしまった。まさかそこから、ツアーで一度も歌わないことはないような曲になるとは思いませんでした。還暦になっても「夏色」でお客さんとジャンプするのが夢です。3曲って難しいな。じゃあ、最後は「恋の歌謡日」。僕らは真面目に音楽に取り組んでいながら、ふざけることも本気でやる。この曲は一番やり過ぎたパターン。女装したりね。
     岩沢 僕は……。困りましたね。今までゆずのライブを助けてくれた曲たちで、スタメンだらけ。どこからでもゆず代表ができる。そして全曲ギターで弾けますね(笑)。
     ◆出馬なければ?いつまでも
     ——ドームツアーへの思いを。
     北川 これまでで一番大きなツアー。僕らの音楽を聴きたいと言ってくれる人がこれだけいることに、多大なる感謝です。会場が広くなると当然遠い席、後ろのお客さんもでてくるのですが、なるべくそういったお客さんにも近くに感じてもらうための演出をいくつか用意しています。
     ——ずっとゆずを現役で続けてくれますか。
     岩沢 北川さんが選挙に出馬したりすると滞ることはあるかもしれませんが(笑)。2人しかいないので、どちらかが休めば活動休止になり、どちらかが脱退したら解散です。極力、力の限りやりたいですね。ずっと立ち止まらずに継続できれば、30年、40年、ひょっとしたら迎えてるのかな、という希望的観測です。
     ——北川さんが出馬すると言い出したら止めますか。
     岩沢 もちろん応援します。
     北川 ウグイス嬢で。
     岩沢 ウグイス嬢はちょっと……。運転手で。
     北川 ええ声で。
     ——ハモる選挙カー! ありがとうございました。
      
     ◆読者投票!1位はやっぱり… 
     〈1〉夏色(1998年6月3日)
     〈2〉栄光の架橋(2004年7月22日)
     〈3〉飛べない鳥(00年10月18日)
     〈4〉桜木町(04年6月2日)
     〈5〉雨のち晴レルヤ(13年11月13日)
     〈6〉虹(09年9月2日)
     〈7〉HAMO(11年2月16日)
     〈8〉3カウント(01年5月23日)
     〈9〉いつか(99年1月20日)
    〈10〉春風(07年3月7日)
     ※カッコ内は発売日。ブログ、ハガキで募集。
         
     ◇文・鶴田裕介

    新聞記事一覧を見る

    Jポップ のテーマを含む関連記事

    <Interview>中村中 戦わず感じたままに 10年の締めくくりコンサート

     中島みゆきが主宰する音楽劇「夜会」は、毎回大人気でチケットが取れないことで有名である。同時に難解であることも知られている。中島が「分かりやすさ」など気にしているとも思えないが、演目によっては、脚本や演出に少々手を入れて再演されることがある。もちろん、評判が高かったとも...

    懐かしのポプコンは、鮮やかに思い出を呼び覚まし、 新たなエネルギーを与えてくれた

    (取材・文/飯島健一) 1970~80年代の日本のポップス・シーンを鮮やかに彩った、ポプコン出身のアーティストが集結したライヴイベントが、4/29(金)に府中の森芸術劇場でおこなわれた。懐かしの曲で若き日々を思い返しながら、今なお走り続けるアーティストたちの姿にパワーを...

     

    ページの先頭へ戻る

    • RSS
    • お問い合わせ