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    その夜、シューベルトの「無言の歌曲」はみごとに音となり、「純音楽的おしゃべり」が繰り広げられた

    配信日: | 配信テーマ:クラシック


    (取材・文/澤谷夏樹)


     ピアノ演奏にも流派があって、ヨーロッパ各国やアメリカの流れをくむ系統が、世界のさまざまな地域で綿々と受け継がれている。その中でも有力なのがロシアン・スクール。現在のロシア連邦で守られてきた演奏スタイルを継承する。出身演奏家それぞれの特徴は一様ではないが、強い表現意欲、表現を実現する高い技術、技術を支える強靭な身体能力を持ち合わせていることは共通している。

     日本ではいま、こうしたロシアン・スクールの演奏スタイルを学ぶことができる。この流派の保守本流を歩む演奏家、イリーナ・メジューエワが、京都で後進の育成に取り組んでいるからだ。当夜はそんなメジューエワのソロ・リサイタルを、ヤマハホールで聴いた。シューベルトの初期と最晩年の作品を対置するプログラムに、作曲家の若々しさと巧みさとが同時に鳴り響く。

     シューベルトは1817年、《2つのスケルツォ》D593を書いた。鍵盤楽曲の創作に力を注いだこの時期には、いくつかのピアノ・ソナタも作曲している。《2つのスケルツォ》からは、この作曲家が韻律、つまり“言葉の律動を模したリズム”を音楽にさかんに取り入れていることが分かる。第1曲のトリオに登場する長短短格(タータタの韻律)や、第2曲冒頭の長短格(タータの韻律)はその代表格。こうした韻律をさまざまに変形させつつ、音楽の駆動装置として作品全体に埋め込む。シューベルトは器楽曲を、無言の歌曲として描いていた。この「純音楽的おしゃべり」ともいうべきスタイルが、この作曲家の器楽曲創作の身上だ。

     メジューエワはこうした作曲家のスタイルを、さまざまな「子音」を駆使することで現実化していく。「子音」とは音の出ばなのこと。同じ音形でも「子音」を変えて弾けば、同じ登場人物がニュアンスを変えて話しているように聴こえるし、同じセリフを異なる登場人物が繰り返しているようにも感じられる。この「子音」を使ってメジューエワは、シューベルトの仕組んだ「おしゃべり」、つまり複数の登場人物やニュアンスのさまざまな違いを、聴き手に伝えているのだ。

     ピアニストはこの「子音」主義を、《3つのピアノ曲》D946でも採用する。最晩年の作品でもシューベルトは、韻律への肩入れを止めない。むしろ、その駆動装置としての性能は上がっている。また、複数の登場人物の絡み合いや、セリフの応酬もいっそう複雑さを増す。それでもメジューエワは、登場人物のキャラクターの差異をきちんと描き分け、その「おしゃべり」のかまびすしい様子をくっきりと浮き彫りにしていく。作品に合わせて、用いる「子音」の種類を増やしているからだ。

     最期の鍵盤作品のひとつ《ピアノ・ソナタ第21番》でシューベルトは、一転して韻律への肩入れを半ば放棄する。冒頭のリズムは実に平板で、この楽想が第1楽章を支配する。だからといってシューベルトが、この長大な楽章での「純音楽的おしゃべり」をあきらめたわけではない。韻律とは異なる原理で音楽の対話を作り出そうとする。その原理をメジューエワは、「句読点」と理解したようだ。つまり、一見、息長く見える旋律に「句読点」を打つことで、意味のまとまりを細かく作り出していく。こうして「長々とした独り言」にも聴こえかねないこの曲から、音楽の対話を引き出す。シューベルトは第2楽章以降、韻律の力を改めて利用していく。そこでも「子音」を総動員し、「句読点」を適切に打つことでメジューエワは、新たな「おしゃべりの世界」を彫り出していった。

     無言の歌曲として鍵盤楽曲を書いたシューベルト。その作曲家の思いをくみ、「子音」や「句読点」を駆使して、無言の歌曲を現実の音としていくメジューエワ。こうした作曲家と演奏家との芯からの響きあいこそ、ロシアン・スクールの真骨頂なのだろう。



    「珠玉のリサイタル&室内楽
    イリーナ・メジューエワ ピアノ・リサイタル」

    日時:2016年3月17日(金)
    会場:東京・ヤマハホール

    2017年4月10日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 

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