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    新たなカデンツァで新境地を拓く、イザベル・ファウストのモーツァルト

    配信日: | 配信テーマ:クラシック

     よくヴァイオリンとピアノのデュオは結婚に例えられ、世界中のヴァイオリニストが人間性と音楽性のピタリと合う相手(ピアニスト)を探しているものの、なかなか見つからないのが現状だ。

     そのなかでドイツ出身のヴァイオリニスト、イザベル・ファウストは、ロシアの才能豊かなピアニスト、アレクサンドル・メルニコフと共演を重ね、日本でもベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全曲演奏などで息の合ったデュオを聴かせた。

     ファウストは10代前半のころは友人と弦楽四重奏団を組んで室内楽を楽しんでいたが、やがてソリストとしての道を歩み、1987年アウグスブルクのレオポルド・モーツァルト・コンクール、1993年パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールに優勝し、一躍世界に知られるところとなった。以後、著名な指揮者や各地のオーケストラとの共演を行い、音楽祭ではさまざまな器楽奏者とともに演奏している。

     そんな彼女はレコーディングにも積極的に取り組み、J.S.バッハの無伴奏ソナタ&パルティータ全6曲、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全集から数種のコンチェルトまで多彩なレパートリーを収録している。

     新譜は、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲全集。ヨーロッパで高い評価を得ている古楽アンサンブルのイル・ジャルディーノ・アルモニコとの共演で、指揮は同アンサンブルのリーダーを務めているジョヴァンニ・アントニーニが担当。モーツァルトの時代の息吹を生き生きと伝える、みずみずしい演奏を繰り広げている。

     今回の録音の特徴は、カデンツァにアンドレアス・シュタイアーの書下ろしが用いられていること。シュタイアーは、ドイツのチェンバロ、フォルテピアノ奏者。多くの若手ピアニストが「シュタイアーに習いたい」と熱望する名手である。

     そのシュタイアーが演奏するピアノ協奏曲の自作のカデンツァのすばらしさにファウストは注目し、彼に今回のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲のカデンツァを依頼した。シュタイアーは、CDの解説書のなかでこう綴っている。

    「このアルバムに収録されたいずれの作品についても、作曲者自身の手によるカデンツァやアインガング(入口を意味する。短いカデンツァを指し、もとは独奏者の即興によるものであった)は現存していない。いったい、どのようなものが演奏されていたのだろうか。モーツァルトが自身のピアノ協奏曲のために書いたカデンツァは、各楽章の動機的要素に、さまざまな度合いで依拠している。これらのヴァイオリン協奏曲の特に魅力的な要素のひとつとして、イタリア・オペラとの響きの近さが挙げられる」(抜粋)

     ここに聴くカデンツァは、まさにイタリア・オペラのような豊かな歌心にあふれ、のびやかで密度が濃く、即興的な要素も含まれている。シュタイアーの手から生まれたカデンツァを、ファウストは自身の弦でたっぷりとうたわせ、モーツァルトのコンチェルトを味わい深いものに仕上げている。

     加えて、アントニーニ指揮イル・ジャルディーノ・アルモニコとのお互いの音を聴き合う奏法。鋭敏で繊細で、しかもエッジの効いた刺激的な音色が聴き手の心をとらえる。

     ファウストの使用楽器は、1704年製のストラディヴァリウスで、「スリーピング・ビューティー」と名付けられた名器。その弦が幾重にも音色を変容させ、ときにかろやかな浮遊感をただよわせ、あるときは劇的で重量感を伴う音でオルガンのような深々とした音を響かせ、モーツァルトの魂に寄り添っていく。ヴァイオリンの奥深さに驚かされる思いだ。

     ファウストは「スリーピング・ビューティー」の音色について、こう語っている。

    「レーザーのようにまっすぐで、宙を射る光の線のようにまばゆい」

     まさにモーツァルトが新たな光を帯び、ファウストの技量に導かれ、聴き手の心を射るような演奏が誕生した。



    「モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全集」(イザベル・ファウスト[ヴァイオリン]、ジョヴァンニ・アントニーニ指揮イル・ジャルディーノ・アルモニコ
    /KKC5691[2枚組]/キングインターナショナル[4500円+税)])

    2017年3月 9日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:伊熊よし子

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