音楽ジャーナリスト&ライターの眼 ~今週の音楽記事から~

新聞社の音楽記事、音楽ライターによる書き下ろし記事を集めたウェブサイトです。(毎週、月・木更新)

音楽ライター記事

つぶやく・ブックマークする

    フォルクハルト・シュトイデ ウィーン・フィルを語る⑤

    配信日: | 配信テーマ:クラシック

    ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(以下ウィーン・フィル)は、コンサートマスターの席が空くと、公募が行われる。1994年からコンサートマスターを務めるフォルクハルト・シュトイデは、恩師から勧められ、ウィーン・フィル(ウィーン国立歌劇場管弦楽団)のオーディションを受けた。

    「私はライプツィヒの出身です。ただし、1歳でベルリンの近くに移り住み、ベルリンで音楽教育を受けました。さまざまな名教師の下で研鑽を積み、コンクールなどにも参加し、1993年にグスタフ・マーラー・ユーゲント・オーケストラのコンサートマスターに就任しました。その後、私はウィーンに移り、元ウィーン・フィルのヴァイオリニスト、アルフレッド・シュタールに師事しました。1年間だけウィーンで勉強し、またドイツに戻るつもりだったのです」

     ところが、シュタールはウィーン・フィルのコンサートマスターの席が空き、オーディションが行われるから受けてみたら、と勧めた。

    「私はまだそんな器ではないとわかっていましたが、先生は勉強のひとつだと考え、チャンスだから気楽に受けてこいといったのです。だれもきみに期待していないし、きみはまったくプレッシャーがないのだから、のびのびと弾けるだろうといわれたのです」

     ところが、オーティション1日目のソロ演奏も、2日目のオーケストラに入って弾く演奏も、他の受験者よりも点数が高かった。

    「私は、本当に何の期待もしていなかったのです。こんなすばらしいオーケストラの試験を受けることができるだけで、幸せでした。でも、1日目が終わったときに、周囲から“よく弾けているから頑張れ”といわれ、ただただ一生懸命弾きました」

     そして見事、難関を突破、オーディションに合格したのである。

    「もう発表を聞いたときは地に足が着かなくて、ウィーンの大通りをフラフラ歩き回っていました。まるで雲の上を歩いているようで、世の中がすごく明るく見えました。1週間くらいは、飛んでいる感じでしたね(笑)」

     しかし、その後が大変だった。まずウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーとして、ほぼ毎夜ピットに入ってオペラを演奏しなければならない。これまで、オペラを演奏したことはなかったため、途方に暮れた。

    「私はドイツ時代にオペラを演奏したことは一度もなかったものですから、楽譜を見ても困惑するばかり。そんな私を見て、先輩たちが融通を効かせてくれ、1カ月に3回オペラを弾く。それも同じ演目を弾くようにシフトを考えてくれたのです。そのおかげで徐々にレパートリーが増え、落ち着いて演奏できるようになりました」

     ウィーン国立歌劇場には、世界中から偉大な指揮者や歌手がやってくる。そうした音楽家から学ぶことは多く、日々勉強だった。

    「指揮者から学ぶことはもちろんですが、歌手の歌声、特有の響き、表現力からもとても多くのことを学びます。当時はまだ22歳でしたから、すべて吸収しようと必死でした」

     そして1998年2月、正式にウィーン・フィルのメンバーとなり、コンサートマスターに就任することになった。

    「ウィーン・フィルは、国立歌劇場でオペラを演奏することによって、うたうような響きが培われていきます。もちろん長い伝統と歴史を受け継ぐ特有のまろやかで情熱的な響きが現在も大きな特質ですが、オペラを演奏するオーケストラというのは、本当にうたうような響きが自然に生まれてくる。そして作曲家がオペラに託した情熱的な響きも、日々の演奏でより深くなっていくのです。私はウィーン・フィルの音というのは、この“歌心”と“情熱”の2本柱が大切だと思っています。それを失うことがないよう、みんなが日々精進しているわけです」

     シュトイデが、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーとして初めてピットで演奏したのは、ヴェルディの「トロヴァトーレ」。指揮はズービン・メータだった。

    「このときの感動は生涯忘れないと思います。私はいまここで、このオーケストラの一員として、マエストロ・メータの指揮でオペラを演奏している。そう思っただけで、別世界に飛翔していくようでした。そのときの感動をずっと忘れないようにしたいと思っています」

     この2016年10月初旬のインタビュー時、2017年のニューイヤー・コンサートの指揮者はグスターボ・ドゥダメルと発表されていた。その指揮者の選出方法を聞くと…。

    「それは秘密なんですよ。ホテル・ザッハの名物であるザッハトルテのレシピが門外不出なのと同じく、ニューイヤー・コンサートの指揮者の選出法も、門外不出です!」

     ここで、一同大爆笑となった。さて、ウィーン・フィルは気の合う仲間とさまざまなアンサンブルを楽しんでいるが、シュトイデは2002年にシュトイデ四重奏団を結成し、弦楽四重奏曲を演奏している。

    「弦楽四重奏曲はすばらしい作品が多く、とても勉強になります。4人ですから、他の人の音を聴く訓練にもなりますし、本当に耳が開かれるのです。ずっと続けたいですね」

     現在の使用楽器は、ナショナル・オーストリア銀行から貸与されたアントニオ・ストラディヴァリ1718年製。このインタビューのしばらくあとに、ウィーン国立歌劇場の来日メンバーとして日本を訪れた。

    2017年2月 2日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:伊熊よし子

    音楽ライター記事一覧を見る

    クラシック のテーマを含む関連記事

    <Topics>サイモン・ラトル レパートリーを広げた ベルリン・フィルと最後の来日公演

     16年にわたってベルリン・フィルの首席指揮者・芸術監督を務めたサイモン・ラトルが同フィルと最後の来日公演を行い、記者会見などでこのオーケストラに対する思いを語った。 「私が(首席指揮者に)選ばれたとき、このオーケストラの可能性を拡大することが私の務めと思った。レパート...

    <新・コンサートを読む>白井とヘルの《女の愛と生涯》=梅津時比古

     ◇現代の視点で批判しない 「女性の鑑(かがみ)」という慣用句は死語に近い。口にするだけで、古い、女性蔑視、と笑われそうだ。かつてはこの言葉は崇高な響きを伴っていた。「女性の鑑」を主題に据えた物語、詩、伝記は数々ある。 シューマンの歌曲集《女の愛と生涯》のテクストである...

    世界中でもっともライヴを聴きたいと切望されているピアニスト、グリゴリー・ソコロフのCD&DVDが登場

     長年、「幻のピアニスト」と呼ばれ、現在はヨーロッパで活発な演奏活動を行い、そのつど大きな話題を呼んでいるロシアのグリゴリー・ソコロフは、いま世界中でもっともライヴを聴きたいと切望されているピアニストではないだろうか。 もちろん、1990年以降は来日公演がないため、日本...

    シューマン、ベートーヴェン、シューベルトからの“特別”な3作品。 その豊かな響きから、作曲当時の彼らの心模様が鮮やかによみがえる

    (取材・文/原納暢子)●天才たちのロマンチシズムに酔いしれる 若草色のロングドレスで伊藤恵が登場するや、開演前の緊張した空気が和らいで、ステージが春めいて見えた。誘われるように深呼吸して、演奏を待つ束の間もうれしい気分になる。 興味深いプログラム、何か意図があるのだろ...

     

    ページの先頭へ戻る

    • RSS
    • お問い合わせ