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    ビートルズやクイーンに影響を与えた英国ミュージック・ホールの源流を遡ってみよう

    配信日: | 配信テーマ:洋楽

    イギリスのロックは、ミュージック・ホールの土台石の上に成り立っている。

    音楽ありコメディありの芝居小屋は古くからヨーロッパにあったが、19世紀に大きめのパブでショーが行われるようになってから、イギリスのミュージック・ホールは発展していく。20世紀初頭にはロンドンだけで100を超えるホールで毎晩ショーが行われるなど、エンタテインメントの主軸として活況を呈していた。古き良き時代のミュージック・ホールの様子は、チャーリー・チャップリンの映画『ライムライト』で描かれている。

    ハリー・チャンピオンの「エニー・オールド・アイアン」(1911)やアルバート・シェヴァリエの「マイ・オールド・ダッチ」(1892)、マリー・ロイドの「ア・リトル・ビット・オブ・ホワット・ユー・ファンシー・ダズ・ユー・グッド」(1915)など、ミュージック・ホール発のヒット曲も生まれたが、1950年代に入ると若者向けの新しい娯楽であるロックンロールがアメリカから入ってきたことにより、ミュージック・ホールは急激に衰退していく。

    戦前からミュージック・ホール文化は隣国アイルランドにも伝播し、数多くの“ショーバンド”がダブリンやコークなど各都市のダンスホールで毎晩のようにライヴ演奏を行った。スーツを着た10人単位のミュージシャンがイギリスのトップ40ヒット曲や有名フォーク・ソングを演奏するこのスタイルは反逆的なロックンロールとは正反対のもので、U2のボノやブームタウン・ラッツのボブ・ゲルドフらが「ショーバンドは敵だった」と語っていたことは前記事「ヴァン・モリソンのライヴ名盤『魂の道のり』が拡大再発。その原点ベルファストに想いを馳せる」(※)にも記したが、強硬にショーバンドを拒絶するアイルランドのミュージシャン達に対して、イギリスのミュージシャン達はより柔軟にミュージック・ホール文化を取り入れていった。

    イギリスのロック音楽にミュージック・ホールのスタイルが比較的スムーズに受け入れられたのには国民性や文化など、さまざまな理由があるだろうが、少なくない影響を及ぼしたのが、『ザ・グーン・ショー』だった。1951年から1960年にわたって放送されたこのラジオ番組はスパイク・ミリガン、ピーター・セラーズ、ハリー・シーカムを中心としたコメディだが、そのシュールでラディカルなギャグは革命的で、イギリスで大人気を博し、モンティ・パイソンを含め、英国ユーモア全体に影響を与える“革命”となった。

    テンポ良く次々と繰り出されるコントは言語の壁、ユーモアのセンスと時代の違いなどで、21世紀の日本人にとってはかなりハードルが高いが、20世紀イギリスのポピュラー・カルチャーにおける重要度からしても、“必須”といえる。当時のラジオ音源にはテープが散逸したものもあるが、ネットで多くの音源を聴くことが可能で、それを起こしたテキストのウェブサイトもあるので、ぜひ取り組んでいただきたい。

    その『ザ・グーン・ショー』ではコメディ・ソングが歌われることも多かったが、出演者たちがいずれもミュージック・ホール出身ということもあり、そのスタイルが受け継がれている。ピーター・セラーズは1957年に前述の「エニー・オールド・アイアン」を自らレコードとして発表しており、全英チャート17位というヒットとなっている。この時エンジニアを務めたのが、アビー・ロード・スタジオに勤務していたジョージ・マーティンだった。彼は一連の『ザ・グーン・ショー』のレコード化でもサウンド・プロダクションを手がけている。

    その『ザ・グーン・ショー』の大ファンだったのが、ビートルズのメンバー達だった。彼らはデビュー時、プロデューサーがジョージ・マーティンだと聞いて、「あの『ザ・グーン・ショー』のジョージ・マーティンだ!」と興奮したのだとか。彼らのスタジオでの実験は、少なからずコメディ・レコードからの影響があったと言われている。

    ビートルズの曲で最もわかりやすくミュージック・ホールの伝統が感じられるのが、アルバム『アビー・ロード』に収録された「マックスウェルズ・シルヴァー・ハマー」だろう。ポール・マッカートニーが中心になって書いたこの曲のオールド・ファッションな曲調についてジョン・レノンは「ポールのおばあちゃん向けの音楽」と語ったというが、歌詞は主人公のマックスウェルが銀のハンマーで次々と殺人を犯していくというもの。『ザ・グーン・ショー』でもしばしば聞かれたブラック・ユーモアだが、ポール自身は前衛演劇から触発されたと語り、アルフレッド・ジャリを挙げている。
    (余談ながらジャリの戯曲『ユビュ王』はアメリカのバンド、ペル・ウブの名前の元ネタであり、唐十郎の「愛の床屋」に似た表現があるという指摘もされるなど、ロック・カルチャーと関係が深い)

    クイーンもまた、ミュージック・ホールのレトロなスタイルを取り入れ、独自の音楽性に昇華させてきたバンドだ。『オペラ座の夜』に収録された「うつろな日曜日」「シーサイド・ランデヴー」、『華麗なるレース』の「懐かしのラヴァー・ボーイ」(いずれもフレディ・マーキュリー作曲)はどこか懐かしく、それでいて聴いたことのない、クイーンの世界に誘いこむ曲だ。

    キンクスの「カム・ダンシング」は発表年こそ1982年と最近(比較的)だが、ロックが主流になる以前のイギリスの音楽に想いを馳せている。ジュリアン・テンプル監督のビデオもまた、往年のダンスホールの模様を再現したものだ。

    1960年代にビートルズやローリング・ストーンズ、ヤードバーズなどと共に“ブリティッシュ・インヴェイジョン”で全米チャートに侵攻したハーマンズ・ハーミッツの代表曲である「ヘンリー八世君」は、1910年に書かれたミュージック・ホール向けナンバーで、 ハリー・チャンピオンの十八番だった。

    ビートルズ、クイーン、キンクス、ハーマンズ・ハーミッツなど、イギリスのロックを代表するアーティスト達に歌い継がれたミュージック・ホール・スタイルは、今もなおロックの中に生き続けているのだ。

    現在ではトラディショナルなミュージック・ホールは衰退しているが、ロンドンのブリック・レーン・ミュージック・ホールなどで一種の伝統芸としてショーが行われている。イギリスのロックを愛聴する音楽ファンは、その源流を遡ってみることで、今まで聞こえてこなかった“歴史”が聞こえてくるだろう。



    ※「ヴァン・モリソンのライヴ名盤『魂の道のり』が拡大再発。その原点ベルファストに想いを馳せる」の記事は下記リンク先をご覧ください。
    http://www.yamaha.co.jp/ongakukiji/news.php?no=16378

    2016年8月18日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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