音楽ジャーナリスト&ライターの眼 ~今週の音楽記事から~

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    【#1】ジャズ・ヴォーカルと映画音楽の親和性についての考察

    配信日: | 配信テーマ:ジャズ


    ジャズ・スタンダードと呼ばれる曲は、いまから50年以上も前にレヴューやミュージカル、そして映画に用いられてヒットしたことがきっかけで、ジャズに転用されたものが大半であると言ってもいい。

    ということは、現代においても“映画音楽とジャズ”は密接な関係にあってもおかしくないはず。そしてそこからは新たなスタンダード・ナンバーがどんどん生まれていてもいいわけだが、そうは見えない。むしろ、映画とジャズのあいだに生じている溝は深まるばかりなのではないだろうか。

    そうしたことを考えるきっかけを与えてくれたのは、大坂昌彦が“東京キネマ・ジャズトリオ”名義で続けているプロジェクトやその延長線上と言えるグレース・マーヤの『ラヴ・ソングス・フォー・ユー』、そしてしげのゆうこの『スクリーン・モード』といった、映画音楽をモチーフとしたアルバムのリリースが続き、その取材で映画音楽に対して現在のジャズ・ミュージシャンたちがどんな印象を抱いているかを聞く機会があったから。

    そのなかで共通していたのが、映画というテーマと向き合う際の“独特の逡巡”というものだった。

    振り返ってみれば、デューク・エリントンやビリー・ホリデイといったジャズを象徴するアーティストたちが、レパートリーとして映画音楽を取り入れている状態になんの疑問も抱くことがなかったわけだけれども、あえて名前を出したデューク・エリントンやビリー・ホリデイは、大衆音楽としてのジャズとは一線を画した活動をすることで“ジャズ・ジャイアンツ”としての評価が与えられている現状を考えると、映画音楽を含めたヒット曲と向き合う際に“独特の逡巡”がなかったと言えるのだろうか……。

    ♪ 曲が内包する大衆性とジャズ的なアプローチとの関係

    “独特の逡巡”を考えていく前提となる、ジャズにおける大衆性のとらえ方について触れておいたほうがいいだろう。

    乱暴な言い方をすれば、“ジャズはヴァリエーション(変奏曲)を発展させた音楽ジャンルである”と定義付けることができるだろう。それは、作曲者の制作物をコピーするのではなく、独自の解釈を優先させることを意味する。商業音楽家が原曲の再現能力を基準に評価されるのに対して、いかに原曲とは異なる表現ができるかを問うのがジャズであり、その乖離が大きいほどジャズとしての評価は高くなるというわけだ。

    原曲とは違ったものにするという行為は、商業音楽や一般的なクラシック音楽で実行しようとすると、まったく逆の評価を受けかねない。そのことからもわかるように、ジャズには独特のアプローチが存在しなければならず、そのアプローチを選択するには“覚悟”が必要になるわけだ。

    もちろん、高い再現能力を発揮した音楽もジャズも、結果としては(それぞれの支持層は異なるかもしれないが)きちんと評価され、大衆性を獲得することはできる。しかし、その大衆性の内容は180度異なると言ってもよいほど違うものなのだ。

    それゆえに、このベクトルの異なる2つの素材を用いようとする演奏者のなかに“独特の逡巡”が生まれるのは、ある意味で当然の成り行きなのだろう。

    そしてそうしたバイアスを、排除ではなく受け入れることもまた、ジャズがジャズとして発展してきた原動力であるに違いない。

    次は、映画音楽の背景をもう少し探ってから、ジャズとの距離を考えてみたい。
    <続>

    2016年7月28日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:富澤えいち

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