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    フィンランドのブルース・ギター・ウーマン、イリア・ライチネンのアルバム2作が日本初リリース

    配信日: | 配信テーマ:洋楽

    ギターを抱えてブルースを弾く女性は、例外なくカッコいい。

    古くはアコースティック・ギターを手にしたメンフィス・ミニーやギブソンSGをかき鳴らすシスター・ロゼッタ・サープがいたし、ボニー・レイットやスー・フォリー、スーザン・テデスキら"ブルース・ギター姐御"たちは少年たちの胸を熱くさせ、少女たちにギターを手に取らせた。

    そしてブルース・ギター・ウィメンの種子は世界へと散らばっていく。ブルースの本場であるアメリカではサマンサ・フィッシュが頭角を現しているし、イギリスのジョアン・ショウ・テイラー、セルビアのアナ・ポポヴィッチ、イタリアのエリアナ・カルグネルッティなどが世界を股にかけて活躍している。

    そんな群雄割拠の時代において、トップレベルの実力と人気を兼ね備えているのが、イリア・ライチネンだ。1976年、フィンランド中部のクオピオ生まれの彼女はヘルシンキの名門シベリウス音楽院で学んだが、アメリカの黒人ブルースマン、エルモア・ジェイムズのスライド・ギターに魅せられる。2002年にデビューしてから後ろを振り返ることなく、彼女はブルース街道を歩んできた。

    ドイツの気鋭のブルース専門レーベル『ルフ・レコーズ』と契約したイリアは『グリップ・オブ・ザ・ブルース』(2008)、『ヴォレイシャス・ラヴ』(2010)などのアルバムを発表、必殺のスライド・ギターを武器に、レーベルを代表するアーティストの一人として世界のブルース・ファンに支持されてきた。

    イリアのスライド・ギターは、女性にしか出し得ない艶気を持ち備えている。それは商品化されたエロティシズムでも、男に都合良く描かれたキュートでプリティな女性像でもない。彼女のギターには、生物としてあるがままの女性らしさがあるのだ。

    『フォービドゥン・フルーツ』(2013)ではじんわり聴かせる"大人のブルース"とソングライティングの妙味で魅せたイリアだが、このアルバムを最後に『ルフ』を去ることになる。レーベルにとってプライオリティ・アーティストの一人だった彼女が離脱するというのは、ひとつの事件だった。

    興味深いのは、ずっとインターナショナルな活動をしてきたイリアが、この時期から母国フィンランドへの回帰をしていることだ。ドイツの『ルフ』を後にして、彼女のマネージメントを行うフィンランドの『ブルースランド・プロダクションズ』傘下のレーベル『TUOHIレコーズ』に移籍したこともそうだし、2015年にはフィンランドの伝説的ブルース・ロック・ギタリスト、ヘイッキ・シルヴェノイネンと共にツアー、コラボレーション・シングル「Silloin Nyt Aina」も発表している。

    そんなフィンランドへの回帰は2014年1月に双子を出産したせいもあるかも知れない。かつてシベリウスが交響詩『フィンランディア』で描いた母なるフィンランドの大地にイリアのイメージを重ねるのは、筆者だけではないだろう。

    『TUOHI』に移籍後、日本では作品がリリースされなかったが、同レーベルから発表された『ザ・スカイ・イズ・クライング』(2014)、『ライヴ・イン・ロンドン』(2015)という2作品が2016年6月、日本でも同時発売されることになった。フィンランドのインディーズということもあり、ネット通販サイトでも"通常4~6週間以内に発送します"と表示される状態が続いていたが、日本で流通することになったのはめでたい限りだ。

    『ザ・スカイ・イズ・クライング』はタイトル通り、エルモア・ジェイムズに捧げるトリビュート・アルバムだ。「ザ・スカイ・イズ・クライング」や「ダスト・マイ・ブルーム」などの代表曲から「ショー・ナフ」「ハンド・イン・ハンド」などのマニア好みの曲をカヴァー、そしてエルモアを讃えるオリジナル曲「ザ・キング・オブ・ザ・スライド・ギター」など、全編彼女のエルモアへの愛情と敬意が込められている。エルモアは1963年に45歳で亡くなっており、イリアはリアルタイムの彼を知らないわけだが、上っ面でなく、ディープにエルモアを掘り下げるスライド・プレイが、聴く者のハートをえぐるアルバムだ。

    同時発売の『ライヴ・イン・ロンドン』は2014年10月7日、ロンドンの『100クラブ』で収録されたライヴCD/DVDだ。『ザ・スカイ・イズ・クライング』発表直後のライヴということもあり、エルモアの楽曲も多くプレイしているが、フレッド・マクダウェルの「イッツ・ア・ブレシング」やオリジナル・ナンバーも演奏している。イリアの音楽の入門編としても最適な内容で、映像パートでは彼女のギター・プレイやスライドさばき、そして歌う表情などを楽しむことが可能だ。

    フィンランドの大地へと回帰を果たしたイリアだが、2016年4月には初のインド公演を行うなど、海外ツアーも積極的に行っている。近作の日本リリースを契機に、ぜひ日本でそのスライド・ギターを聴かせてほしい。



    <イリア・ライチネン アルバムリリース情報>
    『スカイ・イズ・クライング』(BSMFレコード/BSMF2514/2016年6月24日発売)
    『ライヴ・イン・ロンドン』(BSMFレコード/BSMF2515/2016年6月24日発売)

    2016年6月23日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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