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    リチャード・アシュクロフト『ジーズ・ピープル』が内包するウィガンのノーザン・ソウル魂

    配信日: | 配信テーマ:洋楽

    ウィガンはイングランド北西部にある人口10万人の小都市だ。ロンドンから約350キロ離れていて、マンチェスターの52万人、リヴァプールの47万5千人、ノッティンガムの31万人と較べても規模の小さなこの都市だが、スポーツと文化においてはイギリス有数のレベルの高さで知られている。

    まずスポーツにおいてはサッカーのウィガン・アスレチックFCやラグビーのウィガン・ウォリアーズが強豪として知られているし、ランカシャー・レスリングの“蛇の穴”として恐れられたビリー・ライリー・ジムもウィガンにあった。“人間風車”ビル・ロビンソンやビリー・ジョイスを輩出し、“プロレスの神様”カール・ゴッチもトレーニングを積むなど、ウィガンはスポーツ愛好家には名の知られた都市である。

    そしてウィガンはノーザン・ソウルの聖地としても知られている。

    イギリスにおけるアメリカ黒人ソウル・ミュージックの再評価運動は1960年代から始まったが、1970年代において巨大化していく。ノーザン・ソウルはクラブ・シーンから発展していったが、その特徴として、ロンドンに一極化することなく、幾つかの都市に分散したことがあった。代表的なノーザン・ソウル・クラブがマンチェスターのトゥイステッド・ホィール、ストーク・オン・トレントのザ・トーチ、ブラックプールのメッカ、そしてウィガンのウィガン・カジノだった。

    その中でも伝説となっているのが1973年9月にオープンしたウィガン・カジノだ。看板DJだったラス・ウィンスタンレイがデヴィッド・ノウエルと共著した『Soul Survivors: The Wigan Casino Story』によると、最盛期には会員数が10万人を突破、毎週末には数万人の若者たちが集まって、ソウル・ミュージックに合わせて踊っていた。現在でも“ノーザン・ソウルのレコード・コレクター”が世界中に多数存在するが、それは特定のスタイルを指すのではなく、"ウィガン・カジノでかかっていたソウル"のレコードを集めることを意味するといって過言ではない。

    ウィガン・カジノの名声はあっという間に拡がっていき、1978年には米ビルボード誌で“世界最高のディスコ”として、ニューヨークのスタジオ54などを押しのけて堂々1位に選出されたほどだった。

    そうしてイギリス中のソウル・ファンがウィガンに集まることになった。イギリスのクラブ・シーンでエクスタシーなどのドラッグが常用されるようになったのは、仕事が終わって遠方からウィガンなどの地方都市に向かい、オールナイトで踊ってから再び帰宅するため、運転中に眠くならないようにドラッグを必要としたことも理由のひとつといわれている。
    (ちなみに1990年代になると、オールナイトで踊って、ドラッグが抜けきらないうちに早朝帰宅すると、ちょうどテレビで幼児向け番組『テレタビーズ』が放映されており、その極彩色のキャラクターがクラバー達から支持されて、主題歌シングルが全英チャート1位になったという)

    『サタデー・ナイト・フィーバー』に代表されるディスコ・ミュージックやイギリス全土を席巻したパンク・ブームとまったく無関係に人気を誇っていたウィガン・カジノだが、1979年に映画『さらば青春の光』が公開されると、ニワカのソウル・ファンが集まるようになった。DJ達も初心者向けの曲をかけるようになったことから、マニア層の足が遠のいていく。

    悪いことは重なるもので、近隣のウィガン市民センターの拡張のために会場だったエンプレス・ボールルームの取り壊しが決定。1981年9月19日に最後のオールナイトが行われた。この日は建物に入りきらないほどの客が詰めかけ、扉が閉じなかったほどだったといわれる。

    この成功に気を良くしたのか、主催者側が“本当に最後のオールナイト”と称して同年10月、そして12月にもイベントを開催したが、多くの常連客たちにとっては9月が真の意味のラストだった。1982年に建物は解体され、ウィガンでは幾つかの後継ソウル・イベントが行われたが、ウィガン・カジノほどの隆盛は見込めなかった。

    それ以降、ウィガンが音楽ファンの口に上る機会は減っていく。1980年代、カジャグーグーのシンガーだったリマールがウィガン出身だったが、バンドの活動とはほぼ関係がなかった。

    だが1990年代、ザ・ヴァーヴの登場によって、世界中の音楽リスナーが再びウィガンを“聖地”とみなすようになった。1990年、シンガーのリチャード・アシュクロフトとギタリストのニック・マッケイブを中心に結成されたこのバンドは『ア・ストーム・イン・へヴン』(1993)と『ア・ノーザン・ソウル』(1995)という2枚のアルバムでブレイク。当時のブリットポップ・ブームとは一線を画したUKロックは、いわゆるアメリカ黒人ソウルとは異なっていながら、“魂=ソウル”を込めた楽曲の数々が支持された。

    3枚目のアルバム『アーバン・ヒムズ』(1997)の第1弾シングル「ビタースウィート・シンフォニー」はオアシスのノエル・ギャラガーが「立て続けに30回連続で聴いた」と絶賛、第2弾シングル「ドラッグス・ドント・ワーク」は全英チャート1位を獲得するなど、オアシスやブラー以降のイギリスの音楽シーンを背負うバンドとして期待された。同作はアメリカでもミリオンセラーを達成するなど、ヒットを記録している。

    ただ、バンドは世界制覇を目前にして1999年に解散。リチャード・アシュクロフトはソロ・アーティストとして活動を続けることになる。ザ・ヴァーヴは2007年に再結成、2008年には日本の『サマーソニック』フェスティバルで来日を果たすが、2009年に再解散することになった。

    そして2016年5月、リチャード・アシュクロフトは4作目となるソロ・アルバム『ジーズ・ピープル』を発表する。2010年にプロジェクト“ユナイテッド・ネイションズ・オブ・サウンド”としてアルバムを出しているものの、純然たるソロ作としては10年ぶりとなる本作。先行リーダー・トラック「ジス・イズ・ハウ・イット・フィールズ」を筆頭に、愁いをたたえたメロディと“魂=ソウル”を込めた歌唱が全編を貫く。

    『アーバン・ヒムズ』でストリングス・アレンジを担当したウィル・マローンが再び起用されたことで、1990年代当時を偲ばせるサウンドに聴き入ることが出来るが、それから20年近く、順風満帆とは言い難いキャリアを経てきたリチャードの人間としての苦難と勝利を経た、“今”のエモーションが伝わってくる。

    かつてノーザン・ソウルの聖地として知られたウィガンが現代、リチャード・アシュクロフトによって、新たな生命を吹き込まれる。2016年の音楽地図を拡げてみると、ウィガンは黒い太文字で記されているはずだ。

    2016年4月21日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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