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    『カート・コバーン オフィシャル・ドキュメンタリー』から導かれる死の真相への旅路

    配信日: | 配信テーマ:洋楽その他

    ニルヴァーナのカート・コベインの人生と死を描いた書籍『カート・コバーン オフィシャル・ドキュメンタリー』が2016年3月に刊行された(ブレット・モーゲン&リチャード・ビエンストック著/喜多直子訳)。

    2015年に公開された映画『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』のコンパニオン・ブックである本書は、映画に登場する写真やカートの遺品の数々(直筆の覚え書きメモやイラスト)、映画本編で使われたイメージ・アニメの図版などをフルカラーで掲載している。

    映画にあった肉親や関係者へのインタビューは日本語字幕でフォロー出来ず、端折られていた部分も訳されているし、本編で使われなかった発言も収められている。映画から独立してカート・コベインというアーティスト像、そして人間像を掘り下げるのに格好の一冊だ。

    ニルヴァーナ人気の絶頂期、1994年4月8日に自殺死体となって発見されたカートだが、20年以上が経つ今日でもその音楽と、その伝説は色褪せることがなく、2015年だけでも2本の映画が公開されている。

    アメリカのケーブルTV局『HBO』で制作され、日本では劇場公開されたブレット・モーゲン監督の映画『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』は“オフィシャル・ドキュメンタリー”というサブタイトルの通り、カートの遺族の全面協力を得て作られた作品だ。カートの娘(赤ちゃん時代の姿を映画で見ることが出来る)フランシス・ビーン・コベインがエグゼキュティヴ・プロデューサーとして監修した本作は、カートの奥方だったコートニー・ラヴやカートの両親と妹、ニルヴァーナ時代の仲間クリス・ノヴォセリッチなどがインタビューに応じている。貴重な写真や動画の数々、未発表デモやホーム・レコーディング音源などもふんだんに収録されており、まさに“オフィシャル”ならではの充実した内容だ。

    ニルヴァーナのライヴ演奏シーンも見ることが出来るし、アニメーションによる再現シーンによってカートのドラマを補足しながら、すべてが一篇のファンタジーであるかのような奇妙な浮遊感をかもし出している。

    レビューなどでも概ね好評だった『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』だが、その内容について「90%がブルシット」と噛みついたのが、メルヴィンズのバズ・オズボーンだった。バズは高校時代からのカートの友人で、音楽面でもカートに多大な影響を与えた人物だ。バズが作ったパンクのお好みテープをカートが連日聴き込んだという逸話は映画中でも語られている。彼が率いるメルヴィンズは、1994年のニルヴァーナ最後のヨーロッパ・ツアーにもサポート・バンドとして同行している。

    バズが主張するのは、カートの発言にはデタラメが多いということだ。TheTalkhouse.comに寄稿した記事で、バズは「カート本人が言っていて、テープに残されていても、それが真実とは限らない」と記している。幾度となく繰り返される退屈なインタビューに潤いをもたらすためか、彼なりのブラック・ジョークだったのか、とにかくカートの発言を鵜呑みにしてはいけないそうだ。“知的障害を持った女の子とセックスしようとした”“自殺しようと列車の線路に横たわったが、隣の線路を列車が通過して死ねなかった”などのエピソードは事実ではないという。

    バズに言わせると「女の子の父親が学校に怒鳴り込んできたそうだけど、そんな面白いことがあったら、(地元)アバディーン中に知れ渡っている。でも俺はそんな話は知らなかった」そうだ。

    2015年11月の来日時に、筆者(山崎)が訊いてみたところ、バズはこう語っている。

    「あの映画を作った連中はカートの発言が事実でないと知っていながら、映画を盛り上げるために、事実であるかのように描写した」

    生前のカートをよく知る友人であるバズゆえに説得力のある発言だが、多少の脚色や誇張はあるにせよ、カート・コベインという人間が生きて、苦しみ、死んだという事実は動かしようがないし、話を“盛って”いる部分はあっても、さすがに「90%がブルシット」ということはない…と思う。

    ブレット・モーゲン監督はローリング・ストーンズを題材にした映像作品『クロスファイア・ハリケーン』(2012)で「そしてストーンズにはロン・ウッドが加入しました。おわり」と、話を途中でブン投げたラストで賛否両論を浴びたが、『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』もローマでの昏倒事件の後、「そしてカートは自殺しました。27歳でした。おわり」と、唐突に終わる。カートの死の背景などには、一切言及されていない。

    それを補うのが、直後に公開された『ソークト・イン・ブリーチ〜カート・コバーン死の疑惑』だ。この作品はカートの死の真相に迫った映画であり、意図せずして『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』の“続き”を描いている。

    この映画でキーパーソンとなるのが、私立探偵のトム・グラントだ。彼は1994年4月、リハビリ施設から脱走して失踪したカートを捜索するためにコートニーに雇われている(コートニーがイエローページで見つけたという)。彼が記録していたコートニーや弁護士ローズマリー・キャロルとの電話テープを公開、再現ドラマと交えながら、彼らの発言の矛盾点などを露わにしていくさまがスリリングだ。決してカート他殺説を前面に出すことはなくとも、その“自殺”には明らかにおかしな箇所があることを指摘。ラスト近くには遂に“murder”という語句も登場する。

    ただ、元々コートニーに雇われていたグラントが、クライアントから受託した業務で知り得た情報を元に、クライアントを糾弾して報酬を得るというのは、職業倫理的に首をかしげる部分もある。

    グラントと共にカートのいそうな場所を探したカートの友人でアースのディラン・カールソンは『ソークト・イン・ブリーチ』で談話のテープが使われ、再現ドラマにも登場するが、現在ではグラントへの一切の協力を拒み、筆者(山崎)とのインタビューではグラントが「無能(inept)だった」と語っている。

    『ソークト・イン・ブリーチ』の最後に“この映画はフィクションです。実在の人物とは一切関係がありません”というクレジットが出るのも奇妙だ。この作品が真実を追究するものならば、なぜフィクションと銘打つ必要があるのか…?

    グラントの主張の信憑性のなさについて筆者が指摘すると、バズ・オズボーンはこう言って笑った。

    「信憑性? じゃあ、コートニーに信憑性があるとでも? もし事実でないなら、裁判で決着をつければいいんだ。そしたらコートニーは何百万ドルでも慰謝料を巻き上げられるだろ? そうしないのは、告訴できない理由があるってことだ」

    実際、コートニーの弁護士は本作を上映する全米の映画館に、上映の中止を求める文書を送ったものの、グラントや、作品の監督であるベンジャミン・スタットラーには法的措置は執られていない。

    『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』と『ソークト・イン・ブリーチ』はひとつの流れを持つドラマだ。だが、この物語はまだ終わったわけではない。カートの物語はその死の真実が明かされる、三部作の最終章を必要としているのである。

    なお、Kurt Cobainが日本で“カート・コバーン”と表記されるようになったのは1991年、当時のレコード会社の担当氏の判断によるものだった。現在では彼の名前が“コベイン”と発音されるのは誰もが知っていることであり、この映画2作でも関係者全員が“コベイン”と発音している。

    日本では“Nirvana”のサンスクリット読みの“ニルヴァーナ”が定着しているため、そちらは良いとしても、カートの名字はそろそろ“コベイン”表記にするべきではないだろうか。

    2016年4月14日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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