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    ライヴらり:異次元を俯瞰する余裕が芽生えた5度目の宴(mujik CPJ Festival V@ブルース・アレイ・ジャパン)

    配信日: | 配信テーマ:ジャズ

    第5回mujik CPJ Festival(ミュージックCPJフェスティヴァル)が、目黒のブルース・アレイ・ジャパンで開催された。このイヴェントのもようは当コラムでも第1回からレポートしているが、CPJというキーワードを広める壮大な目的があるにもかかわらず、その方向性が毎回大きく異なるために回を重ねるごとにますますCPJの謎は深まるばかりで、マニア心をくすぐり続けている。

    今回は、このイヴェントにリンクしてリリースされたアルバム『art CPJ』のお披露目を兼ねるという、世間では“レコ発ライヴ”として一般的であるけれども異次元サウンドを追求するCPJ的にはきわめて異例なプログラムになる予定とのアナウンスがあり、もういいかげんCPJの異例さには慣れてもよさそうな客席を埋めるファンの胸中を改めてザワつかせていたという前置きがあっての当日を迎えることになった。

    毎回大きく異なるとはいうものの、過去4回のステージでは一貫してCPJが提唱するコンセプトを実演するというアプローチがとられている。そのアプローチ自体が多次元展開であるために、我々地球上のニンゲンは“大きく異なる”と感じてしまうわけなのだ。

    しかし今回の客席に広がる胸騒ぎにはさらに具体的な理由が加わっていた。それは、『art CPJ』と『album CPJ』の関係性だ。『album CPJ』は、CPJの提唱者である松井秋彦がCPJと銘打ってこれまで発表してきた楽曲のなかから、特にCPJ色が強いと言われる10曲を選び、すべてのパートを自身の演奏だけで仕上げた“究極のソロ”と呼べる内容だった。同じタイミングで『mujik CPJ』という楽譜集も出版され、松井秋彦という音楽家の頭のなかで熟成していた理論が“三次元の音”と“二次元の記号”にアウトプットされることになったわけだ。

    ある意味ですでに“タネ明かし”されてしまったとも言えるCPJの次なる行き先はどこなのかを見届けないわけにはいかない、という思いが当夜の胸騒ぎを高めていたに違いないのだ。

    ♪ プログラムに反映された新たなアプローチ

    ステージは、松井秋彦のエレクトリック・ベースによるソロでスタートし、『art CPJ』に参加した9名のミュージシャンが代わる代わる登場するという進行。

    これまでCPJでは、松井秋彦が使い分ける楽器ごとに作られる曲とバンドが分けられていた。表面的にはわかりやすそうだが、並べられてしまうと余計に混乱を招いていた観のある分類方法だったのだけれど、それが松井秋彦のマルチパフォーミング(複数の楽器を同時に演奏する表現方法)色の強まりとともに薄れ、すべてのパートを自分で演奏することで成立させてしまった『mujik CPJ』のリリースがあったことも加わって、アウトプットのフォーマットにこだわらないライヴも視野に入ってきたというのが、プログラムから受けた第一印象だった。

    これで感じたのは、CPJは“俯瞰”というアプローチを手に入れたのではないかということ。“俯瞰”することによってメンバーは曲のなかの自分の位置を以前より的確に把握できるようになり、曲の解釈を深めて発展性を高めることができるようになった、というわけだ。

    こうした“余裕”にもつながる空気感を感じることができたというのが、第5回のイヴェントのボクなりの総括。ただし、CPJは決して習熟のためのエチュードではないはず。つまり次回は、芽生えた“余裕”をいかに斬新な驚きへと変換させていくのか――に期待したい。



    【concept】
    コラム担当の富澤えいちが観に行ったライヴをピックアップ。出演者やジャンルの特徴をつかむポイントを織り交ぜながら、ライヴ会場の雰囲気や、楽しく過ごすためのコツなどにも触れていきますので、ジャズ・ライヴを攻略するヒントにしてください。

    2016年2月18日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:富澤えいち

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