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    『ロックで学ぶ世界史』刊行記念・出張版/1688年:イギリス名誉革命

    配信日: | 配信テーマ:洋楽その他

    2015年2月25日に、山崎智之の新作書き下ろし単行本『ロックで学ぶ世界史』が刊行された。
    世界史に残る100大事件について、ロックの歌詞や時代背景、関連カルチャー作品などを通じて解説する本書の発売を記念して、“101つめの事件”として、単行本未収録の新しい記事を掲載したい。


    ●1688年:イギリス名誉革命

    2009年に英BBCでテレビ放映されたドキュメンタリー『シンセ・ブリタニア』で、キャバレー・ヴォルテールのローランド・H・カークはスタンリー・キューブリック監督の映画『時計じかけのオレンジ』の音楽についてこう語っている。

    「多くのイギリス人ミュージシャンにとって、初めて電子音楽に接した機会だった」

    『時計じかけのオレンジ』は1971年12月にイギリスで公開されたが、14歳の少年が映画に感化されて同級生を傷害で死なせてしまう事件が発生。さらに映画中の不良集団“ドルーグ”のコスチュームを着たティーンエイジャー達がエホバの証人に集団暴行を加えたり、16歳の少年がホームレスを蹴り殺す事件が発生するなど、社会問題となっている。キューブリックは非難され、自宅にまで苦情を言いに来る観客もいたため、イギリス国内での再上映を禁じている。なお、その後も十代の若者たちが映画の挿入歌に使われた「雨に唄えば」を歌いながら17歳のオランダ人女性をレイプする事件が起こっている。
    (ただし海を隔てたヨーロッパやアメリカ、日本では頻繁にリバイバル上映されていた。イギリスではキューブリックの死後、再上映やビデオ/DVD化されており、普通に見ることが出来る)

    とはいえ、『時計じかけのオレンジ』はイギリスで“封印”されるまでに61週間のロングラン上映をされており、数多くの若者が見て、衝撃を受けた。その中には後にジョイ・ディヴィジョンを結成するバーナード・サムナーや、ヒューマン・リーグ結成前のフィル・オーキーも含まれていた(レッド・ツェッペリンのジョン・ボーナムもドルーグのコスチュームを着てステージに上がることがあった)。彼らを魅了したのが、映画スコアとして使われたウォルター・カルロスの電子音楽だった。

    ウォルター・カルロスは1939年、アメリカ生まれの電子音楽家。彼が1968年に発表したアルバム『スイッチド・オン・バッハ』(1968)はバッハの楽曲をモーグ・シンセサイザーで演奏した作品で、冨田勲にも影響を与えたことで知られているが、1972年に性転換手術をしてウェンディ・カルロスとなったことでも有名だ。映画『シャイニング』や『トロン』の音楽、またアル・ヤンコビックがナレーションを務めるプロコフィエフ『ピーターと狼』電子音楽ヴァージョンでご存じの方もいるだろう。

    彼女(彼)は『時計じかけのオレンジ』のオープニングで、イギリスの作曲家ヘンリー・パーセル(1659–1695)が1695年に書いた「メアリー女王の葬送のための音楽」をシンセサイザー・アレンジして演奏している。

    メアリー2世(1662-1694)は夫のウィリアム3世と共にイングランドとスコットランドを共同統治した女王だ。彼女の父である国王ジェームズ2世は清教徒革命(1642-1660)当時にフランスに亡命していたため、カトリックに改宗していたが、そのせいでイングランド国教会への風当たりを強め、国教会信者の多い議会やフランス人嫌いの国民から不人気だった。それでメアリーは1688年、夫であるオランダ国王ウィリアム3世と結託してクーデターを敢行。彼らはあっさり無抵抗で受け入れ、ジェームズはフランスに再び亡命することになった。まったく死傷者の出ない平和的なクーデターだったことで、この事件は名誉革命と呼ばれた。

    メアリーはウィリアムとイングランドとスコットランド、アイルランドを共同統治したが、毎年、彼女の誕生日である4月30日に彼女の前で演奏したのがパーセルだった。彼は1689年から毎年、頌歌(オード)を書き下ろしたが、それは6回で打ち止めとなった。1694年12月28日、メアリーが天然痘で亡くなったのである。年が明けた1695年3月5日、ウェストミンスター寺院で行われた彼女の葬儀で演奏されたのが、パーセルの「メアリー女王の葬送のための音楽」だった。
    今日のイギリス音楽の礎を築いた作曲家として称賛され、400曲を書いたパーセルだったが、メアリーのために作曲・演奏する使命を終えたためか、わずか8ヶ月半の後、11月21日に36歳の若さで亡くなった。その死因は結核とも肺炎ともいわれているが、明らかになっていない。

    彼の葬式はメアリーと同じウェストミンスター寺院で行われ、「メアリー女王の葬送のための音楽」も演奏された。彼は現在、自らがその曲を奏でたオルガンの近くに埋葬されている。

    『時計じかけのオレンジ』の主役アレックスを演じたマルコム・マクダウェルは「雨に唄えば」のオリジナルを歌ったジーン・ケリーとパーティー会場で出くわしたとき、不快な表情を露わにされたという。もしパーセルがこの映画を見たら、どう反応していたか興味がある。


    2015年2月26日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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