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    川崎クラブチッタが25周年。KAWASAKI ROCK CITYはいかに築かれたか

    配信日: | 配信テーマ:洋楽

     2014年1月11・12日、Y&T・ウィンガー・ファイアーハウスという3大ハード・ロック・バンドが出演するライヴ・イベント『KAWASAKI ROCK CITY』が川崎クラブチッタで行われた。

    “クラブチッタ25周年プレミアム来日公演”と銘打たれたこのライヴ。川崎という街を”ロック・シティ”たらしめたのは、クラブチッタの功績だろう。

     1980年代前半まで川崎というと工場地帯や競馬場、風俗街などがあり、人生そのものがロックな人々が多く住んでいたが、ロック音楽そのものは決して根付いていなかった。そこに1988年にオープンしたのがクラブチッタ(以下チッタ)だった。それまで日本では、千人以上を収容するライヴ会場といえば椅子のあるホールで、ライブハウスは百人単位の小規模なものが主だったが、チッタは1,300人収容のスタンディング(2階には若干の座席あり)という、新しい形態のライブハウスだった。

     チッタは、日本のロック史に残るさまざまな伝説ライヴの舞台であり続けてきた。当初この会場は、東京都下で行われる”東京公演”に対する”川崎公演”のための会場だった。だが、スタンディングの自由な雰囲気での観客のノリは東京公演よりも盛り上がることが多く、1989年8月、ジョン・サイクス率いるブルー・マーダーや、同年10月、コージー・パウエルが加わったブラック・サバスのチッタ公演は、まだ新しい会場だったチッタの壁に熱気と汗を染みこませた。

     1989年10月のストーン・ローゼズ初来日公演では五反田簡易保険ホールでの東京公演もあったが、やはり伝説となっているのはチッタ公演だ。バンド側もよっぽど気に入ったのか、1995年9月の再来日時には、日本武道館2回に加えてチッタ公演が追加されたほどだった。

     忘れられないのは1991年2月、ロリー・ギャラガーのライヴだ。14年ぶりの来日公演の初日・2日目がチッタ2連戦だったが、ステージに上がったロリーは太って顔がパンパンだった。今にして思えば治療薬の副作用だったのだが、観客の中から「…橋本真也みたいだ」とざわめきが起こったのを覚えている。だが、そのガッツあふれるギター・プレイはそんなざわめきをかき消し、最後の来日に相応しい大熱演で魅せてくれた。

     観客の熱狂ぶりゆえか、チッタ公演はライヴ・レコーディングされることも多い。1991年4月、G.B.H.のライヴは『ライヴ・イン・ジャパン』としてビデオ/CD化され、今日でも見ることが出来る。なお彼らは『パンク・ジャンキーズ』(1996)発表後の来日でもチッタのステージに立っている。

     1992年6月、UFOのライヴは、元スタンピード〜グランド・スラムのギタリスト、ローレンス・アーチャーをフィーチュアした唯一のツアーだった。チッタ公演は「ライツ・アウト・イン・トウキョウ」としてCD化されている。本来『ライツ・アウト・イン・カワサキ』と命名されるべきなのだが、海外発売もされた本盤ゆえ、より知名度のある東京が使われたのだろうか。

     川崎は東京から近いため、出演する海外アーティストも混同していることが多く、1996年10〜11月に来日したセックス・ピストルズのジョニー・ロットンもステージで「ハロー・トーキョー」と言っていた。

     2000年、地区再開発のためチッタは一時休業、2002年1月にリニューアル・オープンする。その後も数々の名演が生まれたきたが、最も鮮烈なインパクトがあったものを挙げるとしたら、2005年6月のラムシュタイン、そして2007年5月のサンO))) & Borisだろうか。 ヨーロッパではスーパースターであるラムシュタインが文字通り火花を散らすステージ、振動によって細胞を解体するといわれるサンO)))の大轟音ライヴは、チッタがライヴ会場として、”どこまで無茶をやっていいのか?”という実験精神を失っていないことの現れだったと言っていいだろう。

     近年ではチッタ自らが招聘やプロモーションにも関わっており、ファンのハートをがっちり掴むパッケージ・ツアーが人気を博している。2004年に開始した『THRASH DOMINATION』ではスラッシュ・メタルの実力派を揃え、2014年3月にはエクソアス、ヴォイヴォド、サンクチュアリ、アーティレリーを迎えて開催される。また4月の『イタリアン・ロック・ヒストリーVol.2』ではバンコ・デル・ムトゥオ・ソッコルソがマスケラ・ディ・チェッラとホストソナテンを従えて来日する。

     2014年1月の『KAWASAKI ROCK CITY』もまた、メタル・ファンにはたまらない3バンドが集結したツアーだった。

     2011年1月にもここで来日公演を行ったY&Tは、デビュー40周年を記念するベスト選曲のライヴを披露。デイヴ・メニケッティのギターとヴォーカルの艶気はセクシーというにはあまりにも勇猛果敢なもので、このままだとデビュー50周年ライヴもチッタでやってくれそうな勢いだ。

     ウィンガーはデビュー25周年を記念して、ファースト・アルバム『ウィンガー』(1988)全曲演奏+クラシックスという構成。キップ・ウィンガーはクルッと回転する必殺ムーヴは見せず、ヴォーカルとベースに専念していたが、レブ・ビーチのギターとロッド・モーゲンステインのドラムスによる超絶テクニカル・プレイ、ポール・テイラーの絶妙なキーボード&ギターのバックアップなどもあり、充実したステージに仕上げていた。

     ファイアーハウスは1990年デビューの、9枚のアルバムを発表しているベテランだが、今回はアニヴァーサリー・ライヴであることを念頭に置いてか、初期のナンバーのみでセットリストを組んできた。

     クラブチッタと25年を共にしてきたオールド・ファンにとっては、かなり体力を要する4時間だったが、1日を置いての筋肉痛すら心地よいライヴだった(年を取ると翌日でなく、翌々日に筋肉痛が来るものだ)。チッタから今後、どんな伝説が生まれるか。これからも我々は、カワサキ・ロック・シティを何度も訪れることになるだろう。


    Special thanks to Club Citta for 25 years of music.

    2014年1月30日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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