音楽ジャーナリスト&ライターの眼 ~今週の音楽記事から~

新聞社の音楽記事、音楽ライターによる書き下ろし記事を集めたウェブサイトです。(毎週、月・木更新)

音楽ライター記事

つぶやく・ブックマークする

    サルヴァドール・ダリとロック音楽の関係

    配信日: | 配信テーマ:洋楽

     2004年から2005年にかけてスペインのマドリッド、アメリカのセントピーターズバーグ、オランダのロッテルダムで開催された『サルヴァドール・ダリとマス・カルチャー展』。20世紀を代表する芸術家の一人であるサルヴァドール・ダリ(1904-1989)と映画、広告、ファッションなどマス・カルチャーとの関わりに焦点を絞ったこの美術展は残念ながら日本では開催されることがなかったが、筆者(山崎)はマドリッドのソフィア王妃芸術センターでの展覧会を訪れることが出来た。

     ダリとディズニーの合作映画『デスティノ』(現在では『ファンタジア』ブルーレイの特典映像として見ることが可能)、マルクス兄弟やアルフレッド・ヒッチコックとのコンセプト・ドローイング、数々のファッション・デザイン画などが展示され、実に素晴らしい展覧会だったが、惜しむらくは、彼とポピュラー音楽の関わりについて触れるセクションがなかったこと。本稿では、ダリとポピュラー音楽、特にロック・ミュージックとの豊潤な交流について記してみたい。

     エルヴィス・プレスリーがデビューした1954年、ダリは既に50歳であり、積極的にリスナーとしてロックンロールを聴き込むことはなかったようだ。ただ、彼はロックンロールの派手で過剰なイメージを気に入り、エルヴィスを高く評価していたという。1957年、彼はマルケ社のパフューム「ロックンロール」の広告を手がけたが、真っ赤な背景の中を3つのシュルレアリスティックな物体がぶつかり合うさまが、彼の中にあるロックンロールのイメージだったのだろう。

     1960年代に入るとダリは若い芸術家や単なるヒッピー達を集めた、一種のサロンを開いていたが、彼らを経由して、ロック・カルチャーにも触れるようになった。1967年、彼はパリでローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズ、そしてモデルのアマンダ・リアと初めて会っている。ブライアンは恋人だったアニタ・パレンバーグをキース・リチャーズに略奪愛されて、心の傷を癒すためにパリを訪れたところだった。一方、アマンダはロンドンでさまざまなミュージシャンと交流を持っており、デヴィッド・ボウイと交際していたこともあった(ボウイは当時アンジー・ボウイと結婚していたが、公認の不倫関係だったらしい)。1973年2月、ダリは彼女に連れられてニューヨークのレディオ・シティ・ミュージック・ホールでのボウイ公演を見ているが、あまり気に入らなかったらしく、最後まで見ずに帰ったという。

     アマンダはロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーとも恋愛関係にあり、『フォー・ユア・プレジャー』(1973)、『カントリー・ライフ』(1974)のジャケットに映っているのも彼女だ。また、ブライアン・イーノをダリに紹介したのも彼女だった。

     ところでアマンダが元々男性で、性転換したという説があるが、そんなデマを広めることを彼女に勧めたのもダリだった。自らの経験から、スキャンダルが売り物になることを熟知していたダリらしい提案だといえる。

     1969年、ダリはジョン・レノンとオノ・ヨーコと会っている。ビートルズの「ジョンとヨーコのバラード」は「セーヌ河畔でハネムーン〜」という一節で始まるが、この歌詞で歌われているパリ滞在時の3月24日、ジョンとヨーコはダリと昼食を共にした。この翌日、25日にジョンとヨーコはオランダに向かい、26日にアムステルダム・ヒルトンで”ベッドイン”を行うが、”平和のためにベッドで寝る”という一種シュールなコンセプトをダリと結びつけるのは、穿ちすぎだろうか。

     ビートルズの元メンバーでは、ジョージ・ハリソンが1973年にクリッシー・ウッド(現ローリング・ストーンズのロニー・ウッドの当時の奥方)と共にスペイン・カダケス近郊のダリ宅を訪れている。当時まだジョージの奥方だったパティによると、この時ジョージとクリッシーはデキてしまったのだそうだが、その頃パティ自身もロニーと不倫関係にあり、さらにエリック・クラプトンから求愛されるなど、何とも賑やかな時代だった。

     ダリはアメリカ人ミュージシャン達とも盛んに交流していた。1969年、ジェファーソン・エアプレインのカリフォルニア州イングルウッド・フォーラムでのハロウィン・コンサートでは、ステージ上でグレース・スリックの愛車アストン・マーティンにダリがペインティングするというパフォーマンスが行われている。

     また、1969年12月にはニューヨークで、ダリはジョニー・ウィンターとポール・バターフィールドと会っている。ダリはアルビノであるジョニーを見て「神の生まれ変わりだ!」と興奮、”白サイが人間の女性とセックスしている写真”を手渡したという。ジョニーに来日時に、この逸話が事実であるか確認してみると、「本当だよ。彼の絵を見たかったのに、見せてもらったのは白サイがセックスしている写真だけだった」と苦笑していた。

     ロックンロールのショーアップされた側面を好んでいたダリが特に気に入っていたのは、アリス・クーパーだった。彼は1973年にニューヨークで初めてアリスのコンサートを見ており、その後プライベートな交友を深めている。スペイン・フィゲラスのダリ美術館には、アリスを3Dホログラム・アート化した作品が展示されている。

     なお、アリスのアルバム『DADA』(1983)ジャケットはダリの作品『ヴォルテールの見えない胸像が出現する奴隷市場』の一部を使ったものだ。

     それ以外にも、ダリはロック界から常にリスペクトされてきた。元バウハウスのピーター・マーフィーと元ジャパンのミック・カーンによるプロジェクトが、かつてアル・カポネが乗っていた車をオブジェ化した”ダリズ・カー”にちなんで名付けられているし、アメリカのプログレッシヴ・メタル・バンド、ソート・インダストリーも2枚連続してダリの油絵をジャケット・アートに使っている。

     トンプソン・ツインズは『ビッグ・トラッシュ』(1989)に「サルヴァドール・ダリズ・カー」という曲を収録しているし、2012年11月に来日公演を行ったゴッドフレッシュがステージ背後で、ダリとルイス・ブニュエル制作による映画『アンダルシアの犬』を流していたのも記憶に新しい。

     ただ、ダリがロック・ミュージシャン達から常に愛されてきたわけではない。彼はその作品と同じぐらいシュールで、想像を超えた攻撃を受けてきたこともある。

     元イエスのキーボード奏者であるリック・ウェイクマンはストローブズに在籍していた1971年、パリ公演で、パフォーマンスとしてステージに上がってきたダリを酔っぱらいと勘違いして突き飛ばし、転落させている。「ソロを弾いていたら、変なヒゲの男が出てきて、ピアノに肘をついたりするから、突き飛ばしたんだ。彼はステージ下からえらい剣幕で怒鳴りながら、警備員に連れていかれた」と、リックは語っている。

     ディープ・パープル〜レインボーのリッチー・ブラックモアは1976年、初めての奥方だったバーベル(バブス)と離婚するにあたって、彼女が複数の男性と関係を持っていたと告訴している。その内訳にあったのがジェフ・ベック、トミー・ボーリン、キース・ムーン、ダリ、そして12人のローディーというものだった。当時ダリは既に70歳を超えていたため、本当に関係があったのかは不明だ。いくらブラック・ジョーク好きで知られるリッチーとはいえ、冗談でダリの名前を出すとは思えないのだが...。

     ダリが詩人ポール・エリュアールの奥方だったガラを略奪愛、自らのミューズ(芸術を司る女神)として敬愛していたことは有名だが、彼女の若いツバメだったのが、ジェフ・フェンノルトだ。1970年代初め、ニューヨークでミュージカル『ジーザス・クライスト・スーパースター』に出演していたフェンノルトはガラと出会い、不倫関係となったのだという。1894年生まれのガラだから当時もう70歳を過ぎていた筈だが、ダリ同様、老いてなおお盛んといったところだろうか。フェンノルトは1980年代に入ってヘヴィ・メタル・シンガーとなり、速弾きギタリスト、ヨシュア・ペラヒア率いるヨシュアの『サレンダー』(1985)で歌い、その直後にブラック・サバスのオーディションも受けている。結局加入には至らず、デモ・テープを制作したのに留まった彼だが、近年ではTV伝道師に転向。「サタニストの集まりであるブラック・サバスに加入してしまった。しかしある日、神に目覚めたんだ!」と説法している。

     ダリは決して熱心な音楽リスナーではなかったという。だが、彼の絵画からは、見る人ごとに異なった音楽があふれ出る。その作品は、多くのミュージシャンにとってインスピレーションの源となってきた。サルヴァドール・ダリは、楽器を持たないロック・スターだったのだ。

    2013年1月31日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

    音楽ライター記事一覧を見る

    洋楽 のテーマを含む関連記事

    リズム重視してアレンジ チーフタンズのリーダー パディ・モローニ

    アイルランドを代表する伝統音楽のグループ、チーフタンズが来日公演を行う。現地の文化に根ざしながら、親しみやすいサウンドを展開。度々グラミー賞に輝き、ローリング・ストーンズやジョニ・ミッチェルら、有名どころとの共演も多い。長きにわたる活動について、リーダーのパディ・モロー...

    ライブ盤に込めた思い ジャクソン・ブラウン 人間の良心 信じている 

     米国のベテランシンガー・ソングライター、ジャクソン・ブラウンが公演のため来日した。社会や個人のあり方を世に問う誠実な姿勢が、世界中で支持されている。混迷する世界情勢の中、ジャクソンは我々に何を伝えていきたいのか。最新のライブ盤「ザ・ロード・イースト」(ソニー)に込めた...

    【ライヴ・レビュー】イエスfeaturingジョン・アンダーソン、トレヴァー・ラビン、リック・ウェイクマン/2017年4月17日 東京 Bunkamuraオーチャードホール

    2017年4月、イエスfeaturingジョン・アンダーソン、トレヴァー・ラビン、リック・ウェイクマンのジャパン・ツアーが行われた。日本公演が発表された時点では、来日公演はアンダーソン、ラビン&ウェイクマン(ARW)という名義で行われることになっていた。だが直前の4月9...

    2017年、日本に吹く熱風 / サンタナ『ロータスの伝説 完全版』とジャパン・ツアー

    これまで洋楽アーティスト達は数多くの伝説的ライヴ・アルバムを日本で録音してきた。ディープ・パープル『ライヴ・イン・ジャパン』やチープ・トリック『at武道館』、ボブ・ディラン『武道館』、エリック・クラプトン『ジャスト・ワン・ナイト』、スコーピオンズ『蠍団爆発!トーキョー・...

    世界的ベーシスト、ネイザン・イーストの公開リハーサルで見た、演奏が練り直され新たな響きが生まれる瞬間

    (取材・文/飯島健一) 卓越したプレイで数多のミュージシャンに信頼され、音楽ファンも魅了するベーシストのネイザン・イースト。今年1月に2ndソロアルバム『Reverence(レヴェランス)』を発表して、2月に来日。ビルボードライブ東京での公演前夜に開催された今回のスペシ...

     

    ページの先頭へ戻る

    • RSS
    • お問い合わせ