音楽ジャーナリスト&ライターの眼 ~今週の音楽記事から~

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    ライヴらり8月号後編:ステージを覆う熱い波動が夏の夜をさらに暑くする

    配信日: | 配信テーマ:ジャズ

    後編2本はTrinite(トリニテ)と侍BRASSの2本。

    渋谷の公園通りクラシックスというライヴハウスは、文字どおり渋谷駅から渋谷公会堂へと上っていく坂道「公園通り」の中ほどにあり、ビルのなかの駐車場スペースを横切って進んだ先の一角に現われる“隠れ家”のようなお店。

    その夜に行なわれたのは、トリニテのアルバム発売記念ライヴでした。

    トリニテは、当コラムでも何度か取り上げていますが、ピアニストで作曲家のshezoo(シズ)がその独自の世界観を音に載せて表現するために、ヴァイオリンの壷井彰久、クラリネットの小森慶子、パーカッションの岡部洋一という個性派3人と組んだユニットです。

    トリニテ結成のきっかけとなった組曲「prayer」第1章が横濱ジャズ・プロムナードのステージで披露されたのは2001年10月、それから実に11年の歳月をかけて第3章までを生み出し、定期的に行なわれたライヴの場で磨き上げてきた結晶が1つの作品として記録に残ることになり、そのリリースを祝う場となった当夜はいつにも増して温かい波動に満ちていたと、詰めかけたトリニテ・サポーターたちの誰もが感じていたに違いありません。

    “作品として記録”されたとはいえ、トリニテの音楽は4者の偶発的な感情の発露によって常に変化し、それがライヴへ足を運ぶファン=トリニテ中毒者の悦楽を誘う大きな要因になっているのですが、そんなファンならスタジオのビフォー&アフターというサウンドの“違い”を感じながら、4人が生み出す“懐かしいのに見たこともないような”仮想のパラレル・ワールドへのトリップを楽しむことができたのではないでしょうか。

    組曲というスタイルでバンドのコンセプションを柔軟に変化させながら膨らませてきたトリニテなら、アルバム作りがゴールではないはず。このステージが新たな楽章への飛躍を予告するイントロダクションだったことに気づく日も、きっと近いことでしょう。

      ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪

    ここ数年、いわゆる“夏休みシーズン”の終盤になると、初台の東京オペラシティに通っています。

    お目当ては、侍BRASSのステージ。

    侍BRASSは、金管楽器9人とパーカッション1人によるユニークな編成のバンド。いずれも斯界でトップ・クラスの演奏家が顔を揃えるとあって、ホーン・アンサンブルの愛好家はもちろん、金管楽器をたしなむ老若男女が食い入るようにその指先や息継ぎの仕方を見つめているのですから、外の暑さに負けず劣らず熱い熱い空気で包まれるコンサートなのです。

    もちろん、客席の熱さに負けじと、侍BRASSも毎年趣向と技巧を凝らしたプログラムで臨んでくれます。7回目を迎えた今年は、いつものようにこの編成でしか味わえないサウンドが楽しみなオリジナルの新作に加えて、ムソルグスキー「展覧会の絵」、ジャズの有名曲のメドレー、エリック・ミヤシロ編曲による「ロッキーのテーマ」などなど、いつにもまして「金管楽器だけでどうするの?」と心トキメカせてくれる選曲だったので、場内もさらにヒートアップしていたようです。

    ファースト・セットでは、国立音楽大学金管楽器専攻生の10人が加わった大編成での曲も披露されました。きらびやかな音色に加えて倍の人数による音圧が生み出すサウンドは、侍BRASS持ち前の細かいニュアンスが多少犠牲にはなったものの、ソリと呼ばれるユニゾン合奏部分の厚みが変わることでこれほど曲の印象も変わるのだというような、金管楽器の可能性を広げるような試みで、とても刺激的でした。

    セカンド・セットは、まず「展覧会の絵巻より」と題された、高橋宏樹編曲による「展覧会の絵」侍BRASSヴァージョンで幕開けです。おなじみのファンファーレから、ピアノ・ヴァージョンともオーケストラ・ヴァージョンとも違う、メタリックな“絵”が次々にステージ上で描かれていき、そのアイデアと卓越したテクニックによる表現力に感心することしきり。

    ジャズの有名曲をメドレーとしてつなげるまとめ方にしても、映画音楽を代表するようなインパクトの強いメロディである「ロッキーのテーマ」のアレンジの仕方にしても、原曲の美しさを損なわずに、金管楽器の限界すら無視しながら、ひたすら新たなサウンドを創造していこうという“攻め”のスタンスが彼らの根本にあることを再確認させるに足る、熱い熱い演奏でした。

    もちろん、ファンが楽しみにしているギャグ満載の曲も忘れてはいません。これのおかげでアンコールは大盛り上がり。

    金管楽器の魅力をどんどん掘り下げ、あますところなく伝えようとする彼らの姿勢は、そこに集結した“金管好き”と呼応して、大きく共鳴したことを実感できたステージでした。





    【concept】
    コラム担当の富澤えいちが観に行ったライヴをピックアップして、まとめてお伝えします。出演者やジャンルの特徴をつかむポイントを織り交ぜながら、ライヴ会場の雰囲気や、楽しく過ごすためのコツなどにも触れていきますので、ジャズ・ライヴを攻略するヒントにしてください。

    2012年9月27日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:富澤えいち

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