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    “沼地殺人鬼”の呪縛を歌い継いだザ・スミス

    配信日: | 配信テーマ:洋楽

     「私が死ぬ前に、息子のケニーがどこに埋められているか教えて下さい」

     ウィニー・ジョンソンさんの願いは叶えられることがなかった。彼女は2012年8月17日、癌との闘病を経て、78歳で亡くなった。

     ウィニーさんが懇願していた相手は、イアン・ブレイディ。愛人マイラ・ヒンドリーと共に1963年から1965年のあいだ、イギリスで5人の少年少女を殺害した“ムーアズ・マーダラーズ”=“沼地殺人鬼”の一人だ。ブレイディとヒンドリーは十代の犠牲者を誘拐、強姦したあげく殺害。そのうち一人、10歳の少女レスリー・アン・ダウニーは全裸にされ、拷問されるさまを写真撮影され、命乞いをする音声がテープレコーダーで録音されていた。彼らは死体をマンチェスター郊外の沼地に埋めたが、12歳の少年ケニー・ベネットだけは警察の捜索にも関わらず、未だに発見されていない。

     二人は“第3のメンバー”としてヒンドリーの妹モーリンの夫デヴィッド・スミスを引き入れようと、彼の目の前で17歳のエドワード・エヴァンズを斧でめった打ちして殺害。だがスミスはそれを警察に通報、二人は逮捕された。

     ウィニーさんの死がイギリスで大きく報じられたことは、“沼地殺人事件”が半世紀近く経つ今日でも人々の記憶に強く残っていることをうかがわせる。この事件が戦後イギリスを象徴する負のアイコンとして、さまざまな分野で語り継がれてきたことによって、若い層も事件について知ることになった。

     近年では『See No Evil』『Longford』(どちらも2006年/日本未公開)という、沼地殺人事件を映像化したTV映画が相次いで放映され、後者では『ロード・オブ・ザ・リング』でゴラムを演じたアンディ・サーキスがブレイディ役に起用されていたが、ポピュラー音楽においても、事件はしばしば題材とされてきた。

     やはりというか、このような猟奇事件に飛びついたのは反社会性に敏感なパンク・バンドが多かった。セックス・ピストルズは「ノー・ワンズ・イノセント」で「神よ、マイラ・ヒンドリーを救いたまえ/神よ、イアン・ブレイディを救いたまえ」と歌っているし、スロッビング・グリッスルは「ヴェリー・フレンドリー」で事件の概要をナレーション形式で語っている。また、クラスの「マザー・アース」の歌詞でもヒンドリーが言及されている。

     さらにアートワークにおいても、GBHのアルバム『ミッドナイト・マッドネス・アンド・ビヨンド』のジャケットでは、バンド・ロゴの上にブレイディとヒンドリーの両目のアップ写真が使われている。また、ソニック・ユースのアルバム『GOO』ジャケットは、デヴィッド・スミスとモーリンの写真をレイモンド・ペティボンがグラフィック化したものだ。

     そして、“沼地殺人”を題材とした曲で白眉とされるのが、ザ・スミスが1984年に発表した「サファー・リトル・チルドレン」だ。「沼地に連れていってくれ、浅い墓を掘って横たわろう」という一節から始まるこの歌詞にはヒンドリー、そして犠牲者のレスリー・アン、エドワード、ジョン・キルブライドも登場する。この曲はアルバム『ザ・スミス』に収録された後、シングル「ヘヴン・ノウズ」のB面曲となったが、ジャケット写真の女性(1960年代にサッカーくじを当てて一躍セレブとなったヴィヴ・ニコルソン)がヒンドリーに似ているという理由で、『ブーツ』『ウールワース』の2大チェーンが店頭に置くことを拒否している。事件から20年近く経っているにも関わらず、事件がなお風化していないことを証明する出来事だった。

     ちなみにザ・スミスのメンバー達は犠牲者たちより年齢層は下だが、事件が起きたのと同じマンチェスターで育ち、子供の頃からブレイディとヒンドリーについて聞かされてきた。

     “沼地殺人鬼”2人にはイギリスで最高刑である終身刑の判決が下り、ヒンドリーは2002年に気管支肺炎で、60歳で死亡。一方のブレイディは74歳だが、その発言と行動が今なおしばしば波紋を呼んでいる。彼が2001年に刊行した著書『The Gates Of Janus』ではジョン・ウェイン・ゲイシーやリチャード・ラミレス、テッド・バンディといった連続殺人鬼について、妙に上から目線で“分析”しているし、冒頭のウィニーさんの嘆願に対しても「終身刑は嫌だから、自殺したい。それが許可されれば死体を埋めた場所を言う」と語り、イギリス国民から反発を受けている。

     “沼地殺人”から50年が経とうとする今もなお、呪縛が解けることはない。そして呪縛が続く限り、ブレイディとヒンドリー、そして5人の少年少女を歌った音楽は奏でられ続ける。

    2012年9月13日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:山崎智之

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