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    ウィーン少年合唱団 素顔と生活

    配信日: | 配信テーマ:クラシック

     ウィーン市内の2区、オーベレ・アウガルテン通りに面して高い塀が続いている。ここに目立たない表札がひとつかけてあり、「ウィーン少年合唱団 関係者以外立ち入り禁止」と書かれている。手入れのゆき届いた美しい庭園を臨むバロック調の宮殿「アウガルテン」、ここがウィーン少年合唱団の本拠地である。

     第2次世界大戦後、ヨーゼフ・シュニット神父が少年たちとここに移り住んだときは、建物は爆弾でひどく破壊されていた。これに徐々に手を加え、シュニット神父亡きあと後継者の先代タウチュニッヒ博士時代に増築、音楽室や体育館、室内プールを設け、ようやく現在のような美しい姿に生まれ変わった。

     ウィーン少年合唱団は全寮制の私立学校の形をとり、少年たちの朝は早く、起床は6時半。顔を洗い、身の回りを整え、朝食をすませると、8時からほとんどの少年たちは授業を受ける。ただし、前の晩にオペラやコンサートに長時間出演した少年たちだけは、十分に身体を休めてから授業に出られるよう、もう少し寝ていることができる。

     それ以外は、かなり早く授業を始める必要がある。というのは、1年間に3カ月の演奏旅行と2カ月の休暇があるため、残りの7カ月間で効果的な勉強を行わなければならない。

     8時から12時半までの間は、普通学科の授業が他の学校と同様に行われる。そして12時半の鐘を合図に昼食が始まり、そのあと2時までは楽しい自由時間となる。

     すべての少年が自分したいことをしてよいという文字通りの自由時間だが、「敷地内を離れてはいけないこと」と「怒鳴ってはいけないこと」という2つの約束ごとがある。「怒鳴る」ということは、彼らのもっとも価値ある資本「声」をダメにしてしまう恐れがあるからだ。それゆえ、ここでは声をかけあって元気いっぱいボールを蹴ってサッカーを楽しんでも、むやみに叫ぶことはない。

     ヨーロッパでは本当にサッカーが好きな人が多いが、彼らも例外ではない。なにしろ演奏旅行のたびに、たくさんのサッカーボールとサッカーシューズが荷物のなかに入れられているほどだ。これは子どもたち同士で試合をしたり、ときには公演先の土地のチームと友好試合を行うため。ほとんどの場合、友好試合で勝利者となるのはウィーン少年合唱団。なぜなら、彼らは自由時間になると1分の暇も惜しんでトレーニングに励んでいるのだから…。

     アウガルテンにはサッカー場の他にバスケットボールとバレーボールのコートがあり、ここもいつも子どもたちであふれている。その他、年少の子どもたちが夢中になるものに「ボッチア遊び」といった鉄の玉をころがして遊ぶものもある。

     まだまだ他のスポーツに熱中する少年がいる。広大な敷地をグルグル回る長距離競走に参加する少年、50メートルの短距離でタイムを争う少年、あるいは芝生でレスリングに興じる少年など。しかし、そんなスポーツばかりではなく、木陰で大好きな漫画に読みふけったり、ベンチで友だちととりとめのないおしゃべりをしたり、本当にのびのびと過ごしている。

     午後2時になると、アウガルテンのなかにはまた静寂が戻る。さあ、これからが音楽の勉強で、本来の合唱の練習も行われる。団員は全部で110人。25人ずつ4つのクラスに分けられ、その他予備クラスがひとつある。

     この合唱団の訓練は大変きびしいもので、だれかひとりでもまちがったり変な声を出したりすると、その人はできるまでひとりで練習させられる。合唱の訓練は各地の演奏旅行中でもできる限り時間をとって行われる。

     こんなきびしい練習も4時には終わり。その後、おやつが出て自由時間。それから7時までは合唱以外の音楽の勉強をするわけだが、みんなピアノかヴァイオリン、あるいは他の楽器のいずれかひとつをマスターしなければならない。和声や音楽一般、各自のレッスンもこの時間内に行われる。その後、宿題をすませ、夕食がすんでまた自由時間がくると、少年たちはプールに飛び込む。

     9時の消灯になるまで、彼らの1日はこのように規則正しい時間に従って流れていく。

     なお、食事に関してもきちんと決まりがあり、だれかひとりでも食べ残すと全員が席にすわったまま残され、その少年が食べ終わるまで立てない。ケーキは絶対禁物で、飲み物も紅茶しか飲まない。長い伝統の上に成り立ったこうしたきびしい訓練と規則のなかで、少年たちはその演奏技術を磨き、高い音楽性を求めて日夜努力するのである。

     そして待ちに待った週末。土曜日の午後になると迎えにきた家族とともに自宅に戻り、日曜日を各家庭でゆっくり過ごす。そしてまた、月曜日の朝からアウガルテンでの1日が始まる。

     それでは、この合唱団に入るためには、どうすればいいのだろうか。

     試験は年2回2月と9月に行われ、年齢は7歳で入団することが望ましいとされている。試験の内容は声と音楽的な才能はもちろん、性格が大きく影響する。どんなに声がよくても、どんなに名門の家柄でも、性格のよくない子ども、しつけのきちんとされていない子どもは入団できない。

     まず、初心者は寄宿舎内の2年間の準備クラスに入り、そこでふたりの指揮者から指導を受ける。やがて予備の合唱のためにもっともよくできた25人が選ばれ、ここから少年合唱団の一員として過ごすことになる。

     しかし、少年合唱団の輝くような清らかな声は、大人になってから必ずしも美しい声になるとは限らない。変声期が訪れるからだ。少年たちが声変わりしてコーラスにさしさわりが出てくると、宮殿の庭園内にある住まいに「引退する」チャンスが与えられる。その家は「老年年金生活者の家」という愉快なニックネームがつけられ、彼らは喜んでそこへ移っていき、そこから普通の公立学校へ通うことになる。そして希望する人は、合唱団に在籍した年月だけそこにいることが許される。

     この合唱団を出てからは家業のパン屋や肉屋を継ぐ人、医者やパイロットになる人、音楽レストランを経営する人、音楽の先生になって子どもたちを教える人などさまざまで、みんなそれぞれの生活のなかに溶け込みながら、音楽を楽しみたいという気持ちをもち続けている。

     ただし、変声したのち美しい声に発展した人には、将来の可能性が開かれている。すなわち、宮廷内礼拝堂の「コラール・スコラ」に採用され、また「コールス・ヴィエネンシス」への入団もある。これは優秀な男声合唱団で、ウィーン少年合唱団が混声のアンサンブルをする場合の大切な協演グループである。

     さて、この合唱団は1年間にどれくらいの演奏を行っているのだろうか。彼らが果たしている芸術的任務は非常に多く、各グループは約100回の演奏会を国内および国外で開いている。平均して4つのグループのうち2つのグループはいつも演奏旅行に出ている。そして他の2つのグループは主に2つの重要な国内の勤めに従っている。1つは日曜日ごとの宮廷礼拝堂でのミサで歌うこと、もう1つはウィーン国立歌劇場およびウィーン・フィルのメンバーと演奏することである。

     こうして数々の音楽体験をした少年たちは、この合唱団に入っていたことを生涯「誇り」に思いながら、ウィーンの「伝統」の1ページに加わったという喜びをもち続け、それぞれの道を明るく歩んでいく。この合唱団が聴く人の心を強くとらえるのは、こうしたきびしい試練を乗り越え、ウィーンの「伝統」と「誇り」を私たちに生きた証として示してくれるからに他ならない。
    (第4回につづく)

    2012年2月23日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:伊熊よし子

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