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    新・ジャズ攻略法:いつも傍にいる好敵手、それがボサノヴァ。

    配信日: | 配信テーマ:ジャズ

    クラブ・ジャズではマストなアイテムになっているのに、なぜかジャズ原理主義者からは鬼っ子扱いを受けているのがブラジル音楽。

    とくにボサノヴァは、“ブラジルで生まれ育ったジャズ”と言い換えてもいいくらいで、日本のジャズを“J-ジャズ(≒Japanese Jazz)”と呼ぶならば“B-ジャズ(≒Brazilian Jazz)”と呼んでもよかったんじゃないかと思ってます。まあ、発祥当時はオリジナルのアメリカン・ジャズに遠慮して、「新たな(ノヴァ=nova)膨張(ボサ=bossa)」すなわち「いま大注目!」みたいなキャッチフレーズを名称に用いて、それがそのまま現在に至ってしまったのですが・・・。

    ボサノヴァは、1950年代末にブラジルで発生しました。定義を拙著『ジャズを読む事典』から引用すると、「ダンス音楽のサンバにジャズの要素を加えて都会的に洗練させた音楽のこと。60年代前半にアメリカに伝えられ、全世界に広まった。ボサノヴァは、コパカバーナ海岸に面したマンションの一室に集まっていた若者たちがつくったといわれ、アントニオ・カルロス・ジョビン(ピアノ、ヴォーカル)、ジョアン・ジルベルト(ギター、ヴォーカル)、ホベルト・メネスカル(ギター)、カルロス・リラ(ギター)という名前が創始者としてあがっている」とあります。

    ボサノヴァ創始者たちは、自国の音楽に、アメリカから輸入された最先端音楽=ジャズをうまく調和させて、“新しい音楽的な盛り上がり”を創出したわけですが、時を経て彼らの音楽は、次世代のジャズに興味をもった音楽家たちに影響を与えました。つまり、ジャズがボサノヴァを生み、そのボサノヴァが今度は新たなジャズを生む、というわけです。

    こうして現在も、ボサノヴァとジャズはお互いに至近距離で意識し合いながら発展と成長を続けているのです。そのことを強く意識させてくれたのが、3月7日に渋谷セルリアンタワーのライヴ&ダイニングクラブ“JZ Brat SOUND OF TOKYO”で行なわれた平田王子(ひらた・きみこ)のライヴでした。

    平田王子は、1990年代後半からブラジルへ何度も渡って音楽修行を積み、2001年にアルバム・デビュー、都内を中心にライヴ活動を続けるヴォーカリスト&ギタリストです。当夜は、昨年7月にリリースした4枚目のアルバム『Free the bird』と、今年4月にリリースした5枚目『LUZ DO SOL*太陽の光』の発売記念ライヴ。

    『Free the bird』は、ベーシストでギターとヴォーカルも担当する杉山茂生とのコラボレーションによるプロジェクトで、ほかに8人のミュージシャンを迎えたバラエティ豊かな内容です。一方の『LUZ DO SOL*太陽の光』はピアノの渋谷毅と平田のデュオによる作品で、ジョビンやカエターノ・ヴェローゾ、ジョアン・ドナートといったボサノヴァ第一世代のナンバーと平田や渋谷のオリジナルを織り交ぜ、ボサノヴァの意味を改めて見つめ直すような内容――と、2作は好対照です。

    平田王子は『Free the bird』について、自分の活動における「ポップ的な要素」をもつ作品であると位置づけ、「(杉山とともに)あれこれ試しながら、いろんなアイデアを練り上げて、曲が生まれてくるもとになったイメージを追っていくようなサウンドを作ってみたかったんです」と語っています。

    『LUZ DO SOL*太陽の光』については、彼女にとっての「ジャズ的なアプローチ」を発露した内容であり、デュオというシンプルな編成のなかから、「渋谷毅さんと一緒だからこそ生まれた“結晶”をまとめたものがアルバムという形になった」と。

    当夜の第一部は渋谷毅と平田王子のデュオで『LUZ DO SOL*太陽の光』にフォーカスし、第二部は『Free the bird』参加ミュージシャンがほぼ顔を揃えるという豪華版となりました。

    デュオについて平田は、「いちばん自分を活かせる演奏形態なのではないか」と思っているそうです。

    「デュオは相手との対話、邂逅ですよね。当然、相手によっても、日によっても、中身も結果も変わってくる。話が弾んで止まらなくなるときもあれば、思わず深~い心のひだに触れるようなところまで行っちゃったり。2人という最小限の人間関係だからこそ現われてくるいろんな感動を味わうことができるのが、デュオなんですよね・・・。だから、デュオはやめられないな、って(笑)」

    第二部は、アルバムで多重録音などの処理をしていた部分も、メンバーがそれぞれ分担して、ライヴならではの新たなサウンドを作り上げていきます。アルバムでは交代で叩いていたドラムスも、ステージではツイン・ドラムスで競演を果たし、「いやぁ~、やりたい放題でしたね~(笑)」と平田があきれるほど、盛り上がっていました。もちろん、メンバーが互いにリスペクトしているからこそ自由な演奏が可能になり、出し惜しみのない演奏に「あきれる」ことが演奏者に対する賛辞であることは言うまでもありませんよね?

    実際に、終演後の平田に感想を求めると、「エントランスでお客さんのお見送りをしていたら、皆さんの心地よい興奮が伝わってきて、『あぁ、いいライヴができたんだなぁ・・・』って自分もだんだんとこう・・・、感激してきました」と言うではありませんか。まさに相乗効果、ライヴは演奏者だけが作るものではなく、メンバー同士、そして観客とステージが一体となって作り上げていくものだということが、彼女の言葉から伝わってくるんじゃないでしょうか。

    ライヴとは「生命のほとばしり、かな?」と答えてくれた平田王子。「ワタシにとって『ライヴは“日常”です!』って言えたら、カッコいいんでしょうけどネ」と笑っていましたが、音楽を突き詰める姿勢なしには伝わってこない感動を当夜のライヴではもたらしてくれたのですから、それはすなわち、“日常”のなかに“彼女の音楽”が濃い影を落としている結果があればこそ、ではないかと思っています。





    【concept】
    ジャズに関する旬の話題を取り上げて、そこに含まれる「ジャズを理解するために必要なポイント」を分析し、解説していきます。「なんとなくカッコイイから」を脱却して、「なるほど、だから好きなんだ」と納得できるようになる、“読むジャズ観賞”の新シリーズです。

    2011年5月26日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:富澤えいち

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