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    おーる雑多じゃず:異次元との遭遇を可能にした1.57拍のジャズ

    配信日: | 配信テーマ:ジャズ

    “おいりょんデパ星”って、ご存じですか?

    11次元にのみ存在するという星で、どうやら知的生命体が生息している模様。彼らは地球上すなわち4次元感覚に翻訳すると、身長は10億分の1ミリ程度で、身体はミューオンでできているとのこと。ミューオンとはミュー粒子とも呼ばれ、物質を構成する最小単位である素粒子のひとつです。

    時間の感覚も4次元とは異なるため、長さについてはあちらの1秒が地球上では7カ月くらいになるとか。さらに、彼らがフツーにリズムをとっても、1拍が4次元の7連符11個どりに換算されるため、地球人の感覚では1.57拍(=11÷7)に感じるという違いがあるそうなのです。

    うーん・・・、“おいりょんデパ星”の生物に心臓があるかどうか知りませんが、もし鼓動があればごく自然にそれは7連11拍のビートを刻んでいることになるのですね。なんとプログレッシヴなミュージック・マインドを備えた生命体なんでしょう!?(笑)

    とまあ、このへんで種明かしをすると、この“おいりょんデパ星”の概念が4次元の地球上に忽然と出現したのは3月9日、目黒にあるライヴハウス“ブルース・アレイ・ジャパン”のステージ上でした。

    当夜は、松井秋彦が自らの音楽観を投影させたCPJ(=コンテンポラリー・プログレッシヴ・ジャズ)を具現するための5つのプロジェクトが一堂に会した“mujik CPJ Festival vol.1”が開催され、会場で配布されたチラシ(=「おいりょんデパ新聞第1号」)によってこうした“事実”が明らかにされたのです。

    もちろん、“おいりょんデパ星”の概念は松井秋彦の音楽観である“CPJ”と密接な関係をもつもので、「余計にわけがわからなくなる」ことを除けば見事にその音楽的コンセプトを文字とイメージに変換させている「ナイス!」な寓話なのです。

    松井秋彦は「トライアド(≒ドミソ)を耳にするとステージ上でもゲシュタルト崩壊を起こす」とか「左右異なる拍子をとりながらスキップできる」などの“都市伝説”を生むほどのキャラクターをもち、それがまたCPJのイメージを多重的にもしているのですが、プロジェクトごとに使用楽器を変えるといったマルチな才能もあいまって、あまりにも多重すぎる展開にファンすら追いつくのがタイヘンという声が聞かれる状況だったりするのです。

    それだけに、CPJの全貌が簡潔に把握できるこの“mujik CPJ Festival”は、“11次元の思考回路をもつ音楽家”の脳みそを覗くことができる、「マルコヴィッチの穴」ならぬ「松井秋彦の穴」的な企画だったわけです。

    また、CPJには現在のところ5つのプロジェクト(≒バンド)が存在し、それぞれCPJコンセプトに賛同した志も音楽的技量も高い(さらには自虐的な?)ミュージシャンが加わり、有機的なサウンドを構築するために欠かせない存在となっています。

    CPJは理論が突出してはいるものの、決して松井秋彦という1つの個性に収斂されるものではないことを、第二者であるメンバーたちが同時系列で再現することにより証明しているわけです。つまり、彼らはいわゆる“CPJの使徒”と呼ぶべき存在であるといえるでしょう。

    そして第三者である観衆は、目の前で走馬灯のように繰り広げられるCPJミュージックに、その高速ゆえ(なんたって4次元の7カ月が11次元では1秒なのですからね)理性ではなく感性でしか反応できず、無意識に右手と左足で違うリズムをとりながら小刻みに変化する複雑なコード進行に合わせて身体をうねらせている自分の姿にディレイして気づく、という寸法です。

    “異次元”という音楽理論を超えたコンセプションまで取り込んで音楽を創造してしまえることこそ、ジャズならではと言うべきかもしれません。未来に向かって扉を開いている音楽を追いかけながら、ボクもジャズと一緒に前進していきたいと思っています。





    【おーる雑多じゃず:concept】
    ジャズに関する旬な話題を取り上げて解説します。いまジャズではなにが起きているのかをチェックしながら、アナタのジャズ・レベルをアップさせる“一挙両得”の“読むジャズ鑑賞”です。

    2011年4月10日音楽ジャーナリスト&ライターの眼(1版)掲載 執筆記者:富澤えいち

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