音楽ジャーナリスト&ライターの眼 ~今週の音楽記事から~

新聞社の音楽記事、音楽ライターによる書き下ろし記事を集めたウェブサイトです。(毎週、月・木更新)

ジャズ(ジャンル別一覧)

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    <Topics>ジャズピアニスト 大林武司 伝統と自由が共鳴 (配信日:2017/11/27)

     今、世界で注目されているジャズピアニスト、大林武司から目が離せない。大林は広島出身。幼少から音楽に親しみ、東京音大で作曲を学ぶ中、米バークリー音大で本格的にジャズを習得する。そこで交流したドラムスのユリシス・オーエンス・ジュニアやトランペットの黒田卓也らと出会い、ニュ...

    <Topics>上原ひろみ&E・カスタネーダ ピアノとハープの「会話」 ジャズの「何か」感じさせるライブ盤 (配信日:2017/11/13)

     「ジャズ録音100年」という区切りに合わせ、ジャズを見つめ直す書物やCD、コンサートが続々と登場している。100年というのは、歴史を尊重し伝統を守ろうという意識が生まれるのに十分な時間である。ただ、ジャズは常に既成のルールに疑義を唱え、新たなスタイルやサウンドを提案し...

    <らっこ・アーティスト>八代亜紀 あの頃あの場を夢想する (配信日:2017/11/13)

     音楽の「場」は時代と共に変遷していく。古代は祭礼の広場か。貴族の館であろうか。時を経て、音楽が大衆のもとへ降りてくると、戦前には、カフェやナイトクラブが出現。戦後になると、ジャズ喫茶、ゴーゴークラブ、ディスコが生まれ、近年の夜は単にクラブと呼ばれる「場」が登場した。コ...

    ジョン・コルトレーン編<4>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/4/27)

    実は、ジョン・コルトレーンを“踏み絵”としての存在へと導いたセロニアス・モンク(1917-1982)自身も、やがて“踏み絵”として広く知られることになり、現在に至っている。彼を“踏み絵”の座に据えたのは、“セロニアス・モンク国際ジャズ・コンペティション”。このコンペ(競...

    ジョン・コルトレーン編<3>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/4/20)

    1956年末になって、ジョン・コルトレーンが“黄金の”マイルス・デイヴィス・クインテットを辞するに至る原因は、前回言及したように麻薬との関係を断ち切るためであったことは確かなようだ。コルトレーンが麻薬を絶とうとしたことはそれまでにも何度かあったようだが、その禁断症状から...

    ジョン・コルトレーン編<1>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/4/6)

    チャーリー・パーカーという“踏み絵”を踏むことなく、彼の演奏や方法論を(少しでも)理解しようとしたジャズ・ファンには、メロディや型どおりのコード・ワークにとらわれることのない、より自由にジャズを楽しむことができるビバップという“免罪符”が与えられることになる。チャーリー...

    チャーリー・パーカー編<5>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/3/30)

    前回、チャーリー・パーカーの演奏についてマイルス・デイヴィスは、“やたら速い音楽”で“口ずさめるようなメロディ”がなく人間性を前面に出すスタイルではなかったという印象を残していたことについて触れた。では、具体的にはどんな音楽だったのか――。それを記している部分を引用しよ...

    チャーリー・パーカー編<4>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/3/23)

    チャーリー・パーカーが、どのような“周囲をドン引き”させる演奏をしていたのかは、残された音源を聴けば想像することは可能だ。しかし、残念ながら当時の人々がどんな思いを抱いたのかまでは想像できない。そこで、当時を回顧したマイルス・デイヴィスの証言を頼りに、それがどんなものだ...

    チャーリー・パーカー編<3>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/3/9)

    前回、チャーリー・パーカーがデビュー前に「下手くそ」との烙印を押されたエピソードに関して、「“飛び入り”に寛容なアメリカのジャズ・シーンの慣習を無視して」や「若手がコード進行を見失うという初歩的なミスをしたぐらいで」という表現を用いて、彼の扱いに対する解釈に異論を唱えた...

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