音楽ジャーナリスト&ライターの眼 ~今週の音楽記事から~

新聞社の音楽記事、音楽ライターによる書き下ろし記事を集めたウェブサイトです。(毎週、月・木更新)

ジャズ(ジャンル別一覧)

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    <大衆音楽月評>ジャズ界からひばり賛歌=専門編集委員・川崎浩 (配信日:2017/6/12)

     女性として初めて国民栄誉賞を受賞した美空ひばりは1937年5月29日に生まれ、89年6月24日に没した。また同12日は歌謡界初の文化勲章受章者である作曲家・船村徹の誕生日である。この季節は演歌歌謡曲に視線が動く時期なのかもしれない。 歌手の伊藤君子は、美空ひばり生誕8...

    <Topics>寺井尚子 ピアソラにささげ新アルバム 「立ち向かいがいある」 (配信日:2017/5/29)

     ジャズバイオリンの第一人者・寺井尚子が新アルバム「ピアソラモール」(ユニバーサル)を発表し、ツアーを展開している。タイトルは、タンゴの“革命家”で作曲家・バンドネオン奏者、アストル・ピアソラを指す。文字通り「ピアソラ音楽への愛に満ちたトリビュート盤になった」と寺井は言...

    ジョン・コルトレーン編<4>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/4/27)

    実は、ジョン・コルトレーンを“踏み絵”としての存在へと導いたセロニアス・モンク(1917-1982)自身も、やがて“踏み絵”として広く知られることになり、現在に至っている。彼を“踏み絵”の座に据えたのは、“セロニアス・モンク国際ジャズ・コンペティション”。このコンペ(競...

    ジョン・コルトレーン編<3>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/4/20)

    1956年末になって、ジョン・コルトレーンが“黄金の”マイルス・デイヴィス・クインテットを辞するに至る原因は、前回言及したように麻薬との関係を断ち切るためであったことは確かなようだ。コルトレーンが麻薬を絶とうとしたことはそれまでにも何度かあったようだが、その禁断症状から...

    ジョン・コルトレーン編<1>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/4/6)

    チャーリー・パーカーという“踏み絵”を踏むことなく、彼の演奏や方法論を(少しでも)理解しようとしたジャズ・ファンには、メロディや型どおりのコード・ワークにとらわれることのない、より自由にジャズを楽しむことができるビバップという“免罪符”が与えられることになる。チャーリー...

    チャーリー・パーカー編<5>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/3/30)

    前回、チャーリー・パーカーの演奏についてマイルス・デイヴィスは、“やたら速い音楽”で“口ずさめるようなメロディ”がなく人間性を前面に出すスタイルではなかったという印象を残していたことについて触れた。では、具体的にはどんな音楽だったのか――。それを記している部分を引用しよ...

    チャーリー・パーカー編<4>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/3/23)

    チャーリー・パーカーが、どのような“周囲をドン引き”させる演奏をしていたのかは、残された音源を聴けば想像することは可能だ。しかし、残念ながら当時の人々がどんな思いを抱いたのかまでは想像できない。そこで、当時を回顧したマイルス・デイヴィスの証言を頼りに、それがどんなものだ...

    チャーリー・パーカー編<3>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/3/9)

    前回、チャーリー・パーカーがデビュー前に「下手くそ」との烙印を押されたエピソードに関して、「“飛び入り”に寛容なアメリカのジャズ・シーンの慣習を無視して」や「若手がコード進行を見失うという初歩的なミスをしたぐらいで」という表現を用いて、彼の扱いに対する解釈に異論を唱えた...

    チャーリー・パーカー編<2>|なぜジャズには“踏み絵”が必要だったのか? (配信日:2017/3/2)

    では、チャーリー・パーカーのデビュー前のエピソードを検証していこう。論点は3つある。今回はその1つめ。♪ 1937年当時のジャムセッションはどんなスタイルのジャズで行なわれていたのか?チャーリー・パーカーのデビュー前の評価を考え直すためには、まず当時の評価の基準となるジ...

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