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おんがく日めくり

07月 12日

戦後を代表する作曲家、芥川也寸志誕生(1925〜1989)

作品だけを手に、ソビエトに潜入した武勇伝も

 作曲家の芥川也寸志は、文豪・芥川龍之介の三男として生まれました。23歳のとき「交響三章」でテビューを飾り、25歳のときには「交響管弦楽のための音楽」でNHK管弦楽懸賞の特賞に入選。28歳で「弦楽のための三楽章」がアメリカのカーネギー・ホールで初演されるなど、戦後の日本音楽界でいち早く活躍を始めましました。

 そんな青年・芥川の憧れの地はソビエトでした。子どもの頃、父・龍之介の所有していた蓄音機でストラヴィンスキーの「火の鳥」や「ペトルーシュカ」のレコードを毎日のように聴いたことを原体験に、戦後すぐ日本に伝わってきたショスタコーヴィチやプロコフィエフの音楽に、強い衝撃を受けたからです。

 1954年秋、わずかなお金と自分の作品だけを持って、芥川は憧れのソビエトに乗り込みます。当時、まだ日ソ間には国交がなく、ウィーンから地下ルートで東側に入るという冒険でした。いったんはモスクワに着いたものの、事の成り行きから中国の上海にまで足を延ばし、そこでは持っていった自作の演奏会まで開いたそうです。モスクワに戻った芥川は、ショスタコーヴィチ、ハチャトゥリアン、カバレフスキーなどに会い、自作の「交響三章」などを批評してもらいました。そして「交響三章」はソビエト国立出版所から出版され、その印税で無事帰国することができたそうです。当時その出版所から出版された外国人の作曲家は、アメリカのガーシュイン、イギリスのブリテン、デンマークのニールセンと芥川だけでした。ソビエトからの出国に際しても、ハチャトゥリアンらの尽力により中国、香港経由で帰国することができたのです。

 知的な柔らかいおしゃべりで、テレビの音楽番組の司会者としても活躍した芥川也寸志。都会的でダンディな風貌の影に、若き日のこんな武勇伝もあったのですね。


ぶらんこ 作曲:芥川也寸志 1999 YAMAHA CORPORATION

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