ページ内移動リンク

ホーム > ういくり > おんがく日めくり


おんがく日めくり

04月 18日

イタリアの作曲家、オットリーノ・レスピーギ没(1879〜1936)

イタリアの栄光を歌い上げた管弦楽の名手の苦渋

 1936年、近付く戦争の足音を聞きながらローマで命を終えた一人の作曲家がいました。オットリーノ・レスピーギです。

 彼は類い希なるオーケストレーションの名人でした。恩師ニコライ・リムスキー=コルサコフの作品が鮮やかな水彩画だとすれば、レスピーギのそれは極彩色の油絵に例えられるでしょう。同時に彼は古風な旋法を曲に取り入れ、古代イタリアの栄光を音楽で再現しようとしました。この二つの特徴は、代表作“ローマ三部作”…「ローマの噴水」(1914-16)、「ローマの松」(1924)、「ローマの祭」(1928)の交響詩3曲…で聴くことが出来ます。大管弦楽の効果を極限まで追求しつつ、トランペットに彼方でグレゴリオ聖歌の調べを奏でさせ、過去の幻想を呼び起こす手腕は実に鮮やか。

 けれども、イタリアの栄光の復活を願うあまり、同じく「古代ローマ帝国の復権」を訴えた独裁者、ムッソリーニの熱心な支持者になったのも事実です(レスピーギに限らず、この時代のイタリアの作曲家は大体そうでした)。三部作が「噴水」、「松」、「祭」と進むに連れ巨大化し、けばけばしくなっていくのも、ファシズムの拡大と軌を一にしているように思えます。

 しかし、「祭」のあとはイタリア礼賛は影を潜め、「リュートのための古風な舞曲とアリア第3集」(1931)など、小編成のこじんまりとした作品を書くようになりました。現実の政治を見て「どこか違う」と思い始めたのかも知れません。晩年のレスピーギはオペラの世界に没頭します。亡くなった時に未完で残された歌劇「ルクレツィア」は、歌手であり、作曲家でもあった未亡人エルサによって完成されました。

 レスピーギの死の翌月、ムッソリーニがエチオピア併合を宣言し、2年後にはユダヤ人迫害が始まります。レスピーギはこの歴史の悲劇を予感していたのかも知れませんね。


「リュートのための古風な舞曲とアリア 第3集」より シチリアーノ 作曲:Ottorino Respighi 2000 YAMAHA CORPORATION

  • おんがく日めくりの更新は2002年10月をもって終了しました。
    コンテンツは、アーカイブとして継続公開します。

その他の出来事

おんがく日めくりメニュー

人名検索

おんがく日めくりに登場する人物を人名で検索できます。

曲データ一覧

おんがく日めくりで紹介している曲の一覧をご覧いただけます。

イラスト集

おんがく日めくりで掲載しているイラストが月別の一覧でご覧いただけます。

音楽用語事典

音楽用語事典をご覧いただけます。

おんがく日めくりについて

おんがく日めくりについての説明や音楽を聴く方法、著作権についてなどご覧いただけます。

関連リンク

ミッドラジオプレーヤ

ページの先頭にもどる