社会に目を向けた「現代」作曲家
20世紀を代表する作曲家の一人、ベンジャミン・ブリテン。れっきとしたコンテンポラリー・ミュージックでありながら、親しみやすいメロディ、必要最小限の不協和音、明晰な音楽の構造など、これほど面白く聴ける作曲家も珍しいでしょう。日本ではかつて「青少年のための
管弦楽入門」が中学校の音楽授業で鑑賞曲として取り上げられたこともあり、そこからブリテンの名前を知った方も多いかも知れません。
ブリテンは早熟の天才で、13歳の時から音楽理論と作曲を、作曲家フランク・ブリッジ(1879〜1941)に学びました。恩師ブリッジはブリテンを可愛がり、週末にはブリテンを自宅に泊まらせて無料で教えました。ブリテンは16歳でロンドン王立音楽大学に入学し、続いてブリッジの勧めでウィーン留学して
アルバン・ベルク(1885〜1935)に入門しようと考えますが、大学側の反対で頓挫します。もしベルクに習っていたら、難解な12音技法の曲ばかり書いていたかも知れません(※)。
しかし、当時イギリスを襲っていた大不況は、ブリテンの目を社会に向けさせました。彼は多くの人々に受け入れられる分かり易い語り口で、革新的な音楽を書いてゆきます。詩人オーデンと共に記録映画の
サウンドトラックを製作したのも、多数のラジオ音楽を書いたのもそのためです。
1945年に完成した歌劇「ピーター・グライムズ」は傑作としてブリテンの名声を決定付け、その後多くのオペラの名作を書き続けます。1948年からはオールドバラで現代音楽祭を主宰し、1961年には第二次世界大戦の全ての犠牲者のために「戦争レクイエム」を書き上げます。このように、現代の作曲家の中では最も合唱を愛した作曲家でもあり、児童合唱のための「キャロルの祭典」や、混声無伴奏合唱のための「聖セシーリア讃歌」「五つの花の歌」、管弦楽伴奏の「春の交響曲」などの名作を残しています。
彼は兵役を拒否したり、テノール歌手ピーター・ピアーズとの同性愛を生涯貫いたりして常に社会と摩擦を起こし、反抗の姿勢を弱めませんでした。そうした彼の体験が、常に弱者や落伍者への理解の眼差しとなり、主要作の根底に流れているのです。
※ベルクは、シェーンベルク、ウェーベルンとともに無調〜12音技法を押し進めたことで知られる作曲家。
- ※おんがく日めくりの更新は2002年10月をもって終了しました。
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