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おんがく日めくり

11月 29日

イタリアの作曲家、クラウディオ・モンテヴェルディ没(1567〜1643)

 バロック音楽への道を開いた天才作曲家

 世に優れた作曲家は数あれど、既成のスタイルを突き抜けて、全く新しい地平を切り開くほどの天才は、そうはいません。その数少ない真の天才の一人が、クラウディオ・モンテヴェルディでした。彼こそ、ルネサンス様式を突き破って、バロックという新時代の音楽を開拓した人物だったのです。

 モンテヴェルディが1590年以来仕えた北イタリアのマントヴァ公国には第一線級の音楽家たちが集まり、またお隣フェラーラ公国では、ルネサンス・ポリフォニー(※1)の規則を無視した不協和音半音階手法、果ては微分音程(※2)の実験まで行われていました。

 モンテヴェルディは先人たちの前衛的な傾向を吸収してめきめきと頭角を現し、1601年に宮廷楽長の地位を受け継ぎました。そしてマドリガーレ集第4巻(1603)、第5巻(1605)でルネサンス音楽の技法を集大成しただけでなく、よりドラマティックな表現へ一歩踏み出し、音楽の進むべき新しい道を示しました。それは保守派の反発を招きましたが、モンテヴェルディは意にも介さず、1607年には最初の歌劇「オルフェオ」を上演し、1609年には壮麗極まりない「聖母マリアの夕べの祈り」を書くなどその旺盛な創作力を発揮し、ルネサンスの入り組んだポリフォニーを、通奏低音に支えられた簡潔・劇的なホモフォニー(※3)へ転換させ、バロック音楽の開祖となったのです。

 1612年に主君の死と共にマントヴァ宮廷楽長をくびにされたモンテヴェルディは、翌年ヴェネツィアのサン・マルコ大聖堂の楽長として招かれ、教会音楽オペラに精力を傾けました。宮廷というものを持たないヴェネツィアは、世界で初めて公開歌劇場を建てた国でもありました(1637)。貴族たちの余興であったオペラが、入場料さえ払えば、誰でも楽しむことが出来るようになったのです。晩年のモンテヴェルディは、支配者のためではなく、一般市民のために「ユリシーズの帰郷」(1641)、「ポッペアの戴冠」(1642)などの名作オペラを書きました。

 バロックという新時代の音楽様式を導き、オペラの時代を生み出したモンテヴェルディは、音楽史の一つの時代を画したという意味で、バッハベートーヴェンワーグナーらと肩を並べる音楽史上の巨人と言えるでしょう。

※1:ポリフォニー=多声音楽。「ポリ」とは複数の意の接頭語で、複数の声部をもつ音楽のこと。この「声部」とは独立した意味・動きをもつ音のまとまりのことで、複数の音でも全体でひとつの意味をもつ和音/和声音楽とは異なる。

※2:微分音程=半音よりも狭い音程。全音を何分割するかによって三分音、四分音、六分音などとよばれる。世界的にみれば東洋や中東の音楽では日常的に使われているが、西洋音楽では十二平均律の確立以後、微分音程は特殊な音程とされている。

※3:ホモフォニー=「ホモ」とは同一の意の接頭語で、ポリフォニーの反対概念。具体的には主旋律に簡単な伴奏をつけた音楽のようなもの。



われを見捨てて 作曲:Claudio Monteverdi 2001 YAMAHA MUSIC MEDIA

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