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おんがく日めくり

03月 29日

ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールが開場(1871)

音楽の歴史を見守ってきた由緒あるホール

 19世紀後半、イギリスは広大な植民地を経営し、最盛期を謳歌していました。当時の支配者ヴィクトリア女王(在位1837〜1901)の夫君アルバート公は文化・芸術のパトロンとして知られ、1851年にロンドンで開かれた世界最初の万国博覧会を発案したのもアルバート公でした。そして1871年3月29日、アルバート公の記念会堂ロイヤル・アルバート・ホールが落成されたのです。以来、落ち着きのある円筒形のホールは様々な音楽家たちを受け入れてきました。その最も早い出演者の一人が、開館の年に初訪英したサン=サーンスです。彼はオルガンのリサイタルを開いて大好評を博しました。

 さて、アメリカでは1938年1月16日に「スイング王」ベニー・グッドマンが、クラシック音楽の殿堂カーネギー・ホールで純ジャズ・コンサートを行い、話題となりましたが、伝統を重んじるイギリスではロイヤル・アルバート・ホールがポピュラー音楽に開放されるのはずいぶん後になりました。1963年4月、ビートルズがコンサートを催し、ラジオで生放送されたのが最初です。これを皮切りにロックやロックとクラシックのジョイント・コンサートなども盛んに行われるようになり、ロック史に残るイベントも数多く生まれています。たとえば、66年には、フォークからロックへ移行する時期のボブ・ディランが、アルバート・ホールでコンサートを開いていますし、68年11月26日のクリーム解散コンサートは、その様子がビデオ「クリーム伝説公演」として残されてます。また近年では、高橋真梨子さだまさしなど、日本人アーティストもアルバート・ホールで公演を行っています。

 一方、クラシックの話題としては、あの楽しい「プロムス」の会場として使われていることも忘れてはいけません。正式には「ヘンリー・ウッド・プロムナード・コンサート」といって、指揮者ヘンリー・ウッドが毎年夏にここで開いていた肩の凝らない大衆コンサートのことです。ウッドが亡くなった後も、労働者階級が飲み食いしながら気軽に楽しめるコンサートとして今も続いています。ことに最終日の「ラスト・ナイト」の盛り上がりようは凄まじく、演奏会というよりはお祭り騒ぎの様相で、その映像は世界中に生中継されています。

 なお、ヒッチコック監督の1956年の作品『知りすぎていた男』のクライマックスの演奏会場がここだということをご存じの方も、おられるかも知れませんね。



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