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おんがく日めくり

11月 26日

ソウル・シンガー、ティナ・ターナー誕生(1938〜)

ミック・ジャガーにも影響を与えた?エネルギッシュなステージ

 ティナ・ターナーの名前が初めてチャートに登場したのは1960年、夫のアイクが作曲した「ア・フール・イン・ラブ」のヒットによってでした。50年代から“アイク・ターナー&ヒズ・キングス・オブ・リズム”というR&Bグループで活躍していたアイクが、全身を振り絞るようなハスキー・ボイスで歌うアンナ・メイ・バロックという女性シンガー(=後のティナ)を見い出してコーラスに加えたのがその始まり。2人は結婚し、“アイク&ティナ・ターナー・レビュー”として活動を開始したのです。

 まるで女ターザンのようにワイルドでセクシーなティナをフロントに、バックにはアイケッツというティナによく似た女性3人組のコーラスとダンスを従え、ホーンを加えた分厚くエネルギッシュな同グループの演奏は、全米の評判を呼びました。フィル・スペクターがプロデュースした66年の「リバー・ディープ・マウンテン・ハイ」がイギリスで大ヒットした後は、ローリング・ストーンズの前座としてツアーに参加。それまでただ突っ立って歌うことが多かったミック・ジャガーが、激しく身をくねらせて踊るようになったのは、このときティナのステージを目のあたりにした影響と言われます。

 71年には「プラウド・メアリー」のカバー・ヒットを飛ばすなど、順調に見えたアイク&ティナ・ターナーですが、仕事でも私生活でも暴力で彼女を支配しようとするアイクに耐えきれず、75年にライブの直前に彼の元を逃げ出してしまいます。そのとき彼女は、たったの36セントしか持っていなかったそうです。76年の離婚後は、借金も抱え、一時は生活保護まで受けていたというティナですが、84年の「愛の魔力」が全米チャートで1位に輝き、見事に復活。アルバム『プライヴェート・ダンサー』もグラミー賞4部門を独占したのです。

 還暦を迎えた現在もなお、超ミニスカートで激しく歌い踊るティナ・ターナー。その熱いステージは40年前と変わらないどころか、人生の激しい浮き沈みを経験した者ならではの迫力にあふれているのです。

愛の魔力 作曲:Terry Britten,Graham Lyle 2000 YAMAHA CORPORATION

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