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おんがく日めくり

01月 25日

シンガーソングライターの松山千春、シングル「旅立ち」でデビュー(1977)

ラジオで火のついた千春人気を支えた、一人のディレクター

 スキン・ヘッドにサングラス、ヤクザ風ファッションに身を包み、天上天下唯我独尊を地で行くスケールの大きいトークが若い世代にも受けている松山千春。そんな彼のデビュー秘話をご紹介しましょう。

 1975年に行われた“全国フォーク音楽祭”の北海道・帯広地区予選会でのこと。コンテストを担当していたSTVラジオのディレクター竹田健二氏は、長髪で線の細い青年の歌う、去って行く男を見送る切ない女の歌に心を奪われました。青年は当時20歳の松山千春、歌は彼のオリジナル曲「旅立ち」でした。竹田ディレクターが千春にかけた言葉は、「ギターがひどいな…。」というものでした。もちろんそれは、“歌が素晴らしいのに、もったいない”といったニュアンスだったのですが、千春は逆に「俺はギターの品評会に来たんじゃない。歌の批評をしてくれ!」と食ってかかったそうです。

 地区予選は勝ち抜いたものの、結果的に松山千春は全道大会での入賞は果たせませんでした。しかし竹田ディレクターは“自分の手で立派なフォーク・シンガーに育ててみたい”と彼に夢を託します。自らが担当するラジオ番組に千春をレギュラー出演させ、毎週新しいオリジナル曲を歌わせました。それが評判を呼び、松山千春という名前は北海道中に知られるようになります。おそらくその出会いから、竹田ディレクターには“こいつはラジオで火が付く”という確信があったのでしょう。怖いもの知らずのトークと、ガラスのように繊細で抒情的な歌。一見相反する2つの要素を備えた類い希な個性をアピールするのに、当時ラジオこそが最適かつ唯一のメディアだったのです。

 圧倒的なリスナーの支持を受けてリリースされた「旅立ち」は、またたく間に北海道のヒット・チャートのトップを獲得しました。そして翌年、「季節の中で」の大ヒットと、パーソナリティを務めた深夜ラジオ番組「オール・ナイト・ニッポン」が全国的な人気を博し、松山千春は押しも押されもせぬ立派なフォーク・シンガーへと成長します。しかし、その姿を竹田ディレクターが見ることはかないませんでした。77年8月27日、彼は急性心不全により他界していたのです。



旅立ち 作曲:松山 千春 1999 YAMAHA CORPORATION

  • おんがく日めくりの更新は2002年10月をもって終了しました。
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