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おんがく日めくり

11月 17日

日本ロック界のドン、内田裕也誕生(1939〜)

日本のロック・シーンの屋台骨を支えてきた男

 80年代以降に初めて内田裕也の名を耳にした人たちには、『十階のモスキート』『コミック雑誌なんかいらない!』などの映画を通じて、映画人としての彼の方が馴染み深いかも知れません。しかし内田裕也の最も大きな業績は、その黎明期から現在に至るまで、日本のロック・シーンを陰に日向に支え続けてきたことでしょう。

 プレスリーの歌う「監獄ロック」にしぴれ、ロックに目覚めたという内田裕也は、高校を中退してバンド活動を開始。寺内タケシに認められ「寺内タケシとブルージーンズ」の歌手として活躍、66年のビートルズ来日時には前座として同じステージに立っています。海外のロックと対等に渡り合うため、英語で歌うことにこだわった内田は、67年女性ロックボーカルの草分け、麻生レミと共にフラワーズを結成。麻生が渡米のため脱退すると、ボーカルのジョ一山中らを誘い自らはプロデューサーとなってフラワー・トラヴェリン・バンドをスタート。70年10月デビュー・アルバム『エニィウェア』を発表後、万博で知り合ったカナダのバンド、ライトハウスの紹介で長期のカナダ・ツアーを決行します。ジョーの卓越したボーカル、そして当時のヒッピー達が憧れていた東洋的な要素を巧みに取り入れたアレンジで各地で絶賛され、ツアー中に発表されたセカンド・アルバム『SATORI』も見事にカナダ・チャートの8位を獲得。名実共に日本のロック・バンドが海外で通用することを証明してみせたのです。

 この頃から内田裕也は、ミュージシャンとしてだけでなく若手ロック・バンドのためのイベントを企画するプロデューサーとしても広く知られるようになります。70年代前半「キャロル」や「サディスティック・ミカ・バンド」などの重要なバンドを数多く輩出した“ロックン・ロール・カーニバル”や、80年代以降も大晦日の恒例行事として長く続いた”ニューイヤー・ロック・フェスティバル”など、メジャーなアーティストだけでなく新人やインディーズにも等しく光をあて続けた彼の功績は、高く評価されるべきでしょう。

 かつて、ある音楽記者から「あなたはなぜロックを選ぶのか」と問われて、ただ一言「クイィィィーン!」と答えた、という内田裕也。彼が幾つになっても決して年老いて見えないのは、彼の体内に若者の衝動としての本物のロックン・ロール魂が今でも「クイィィィーン!」と音を立て燃え続けているからに違いありません。


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