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おんがく日めくり

09月 04日

オーストリアの作曲家、アントン・ブルックナー誕生(1824〜1896)

大器晩成を地でいった、偉大な交響曲作曲家

 19世紀半ばの後期ロマン派時代に活躍したアントン・ブルックナーは、彼の故国オーストリアでは「ベートーヴェンに続く大交響曲作曲家」として、非常に高く評価されています。彼はその生涯に11の交響曲を書きましたが、そのどれもが大作で(長いものでは1時間半にも及びます)、深い精神性と宗教心に満ちあふれています。

 しかしそんなブルックナーも、若い頃には苦学の連続でした。彼は11人兄弟の長男でしたが、13歳の時に父親が世を去り、一家は散り散りになってしまいました。ブルックナーは修道院の少年聖歌隊に引き取られましたが、ここでの経験が後年の彼の作品に大きな影響を与えたことは間違いありません。

 おそらくこの頃からブルックナーは人並みはずれた才能を発揮していたと思われます。しかし彼は慎重でした。聖歌隊をやめたあともすぐに作曲家の道に進むことはせず、小学校で教員兼用務員といった仕事をしながら、地道に音楽の勉強を続けたのです。ウィーンに出て、はじめて本格的に先生についたのが32歳の時。最初の交響曲を書きはじめたのが39歳の時といいますから、その晩学ぶりは徹底しています。さらに楽壇の風向きもブルックナーに不利に働きました。当時の音楽界はワーグナー派とブラームス派が対立しており、ブルックナーはワーグナー派でした。有力な評論家たちはみなブラームス派だったため、彼の作品はことごとく黙殺されてしまったのです。彼がウィーンで完全に認められたのは、交響曲第8番の初演時、死を4年後に控えた68歳の時で、初演に立ち会ったブルックナーは熱狂する聴衆の拍手に応えて何度もステージに上がり、たどたどしいお辞儀を繰り返したそうです。

 なお、現在ブルックナーの遺体は遺言どおり、彼が少年時代を過ごした修道院の、パイプ・オルガンの下に眠っています。



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