ページ内移動リンク

ホーム > ういくり > おんがく日めくり


おんがく日めくり

08月 04日

モーツァルトがコンスタンツェ・ウェーバーと結婚(1782)

コンスタンツェは、本当に悪妻だったか?

 モーツァルト(1756〜1791)がその生涯の伴侶となるコンスタンツェ・ウェーバー(1762〜1842)とウィーンのシュテファン教会で結婚式を挙げたのは、26歳の時。最初彼はコンスタンツェの姉、アロイジアに心を寄せていたのですが、あえなく失恋し、その妹と家庭を持つことになったのです(ちなみに作曲家のウェーバーは、この姉妹の従弟にあたります)。

 モーツァルトは自分の父親に宛てた手紙の中で、コンスタンツェについて次のように書いています。「彼女は機知はありませんが、健全な常識を持っています。けっしてぜいたく好きでもありません…」しかし後世の研究家によれば、コンスタンツェはモーツァルト同様に経済感覚が欠如しており、浪費好きだったということになっています。また彼女は夫の才能を理解せず、お金になる作品を書くよう強要したとも言われています。さらにモーツァルトが貧困のうちに亡くなった時、コンスタンツェは悲しむばかりで立派な葬儀をとりおこなわず、共同墓地に埋葬されたときに遺骸を見届けなかったこと(そのため正確な埋葬場所は未だに不明)が、彼女の悪評を決定づけました。

 しかしコンスタンツェばかりを責めるのも可哀想です。モーツァルトの才能を理解できなかったことが罪なら、当時どれだけの人間が彼の音楽を理解できていたでしょう。葬儀のことにしても、現代からすればモーツァルトほどの天才に対してひどい仕打ちに映るかもしれませんが、コンスタンツェは教会に指定された等級(※3等級の一番下。モーツァルトは教会に重要人物でないと見なされた。)に従って、簡素な葬儀を行っただけなのです。

 モーツァルトの死後、コンスタンツェはデンマークの外交官と再婚し、彼にモーツァルトの伝記を執筆させました。そこに多少の打算が含まれていたとしても、彼女のモーツァルトに対する愛は、決してにせものではなかったのでしょう。そうでなければ、あの感受性の鋭いモーツァルトが、旅先から手紙で「はやく家に帰っておまえを抱きしめたい!」と書くほどに、妻を愛しはしなかったでしょうから…。


「フィガロの結婚」より”恋の悩みを知る君は”K.492 作曲:Mozart 1999 YAMAHA CORPORATION

  • おんがく日めくりの更新は2002年10月をもって終了しました。
    コンテンツは、アーカイブとして継続公開します。

その他の出来事

おんがく日めくりメニュー

人名検索

おんがく日めくりに登場する人物を人名で検索できます。

曲データ一覧

おんがく日めくりで紹介している曲の一覧をご覧いただけます。

イラスト集

おんがく日めくりで掲載しているイラストが月別の一覧でご覧いただけます。

音楽用語事典

音楽用語事典をご覧いただけます。

おんがく日めくりについて

おんがく日めくりについての説明や音楽を聴く方法、著作権についてなどご覧いただけます。

関連リンク

ミッドラジオプレーヤ

ページの先頭にもどる