ページ内移動リンク

ホーム > ういくり > おんがく日めくり


おんがく日めくり

06月 11日

ロック歌手、マドンナがコンサートのため初来日

自らをプロデュースした新世代のセックス・シンボル

 1987年6月11日夕刻、大阪空港は、ある一人の女性を一目見ようという数百人の人々でごった返していました。そこに現われたのは、当時アルバム『トゥルー・ブルー』で押しも押されぬスーパースターとなった歌手、マドンナでした。14日から始まる5回の公演チケットを手にした人だけでも15万人以上のファンが、彼女の来日を待ちかねていたのです。

 初日の大阪球場のステージは、150個のスピーカと470本の照明、そしてマドンナの動きを刻一刻と映し出す9つのスクリーンを配した当時の最先端をいくもので、観客は、その見事に演出された音と光のショーに酔いしれたのです。ここで重要なことは、マドンナ本人がこのショーの演出に深く関わっていたということです。例えばマリリン・モンローなど、それまでのセックス・シンボルと呼ばれた女性達の多くは、自らの意志とは無関係に、そうした役割を周囲から押しつけられていました。しかしマドンナは、自ら望んでセクシーなコスチュームを身につけ、セックス・シンボルとして振る舞いました。そうすることでマスコミに強くアピールするという、ビジネス的な戦略をもって自身のイメージを作り上げていったのです。

 マドンナを単なるディスコ・クイーンからポップ・スターにした「ライク・ア・ヴァージン」から、彼女は、曲ごとに様々なプロデューサーを起用しながら、トータルなイメージを自分でコントロールしていくようになります。長い間女性に商品としての価値しか認めなかったショービジネスの世界に、彼女は、初めて商品を作る側=プロデューサーとして自分を認めさせたのです。こうしてマドンナは、男性にとってセックス・シンボルであると同時に、女性にとっては意識改革のシンボルとなったのでした。1996年に1児の母となった彼女が、あえて未婚の母を選んでいることも、そうした彼女の生き方を象徴しているといえるでしょう。

 1994年のアルバム『ベッドタイム・ストーリーズ』の発売を機に、脱セックス・シンボルへと路線を変更したマドンナは、その後も精力的に活動を続けています。96年の映画『エビータ』への出演、98年のMTVビデオミュージックアワード6部門受賞、そして98年のアルバム『レイ・オブ・ライト』のグラミー賞4部門受賞は、記憶に新しいところです。


ライク・ア・ヴァージン 作曲:Billy Steinberg,Tom Kelly 1997 YAMAHA CORPORATION

  • おんがく日めくりの更新は2002年10月をもって終了しました。
    コンテンツは、アーカイブとして継続公開します。

その他の出来事

おんがく日めくりメニュー

人名検索

おんがく日めくりに登場する人物を人名で検索できます。

曲データ一覧

おんがく日めくりで紹介している曲の一覧をご覧いただけます。

イラスト集

おんがく日めくりで掲載しているイラストが月別の一覧でご覧いただけます。

音楽用語事典

音楽用語事典をご覧いただけます。

おんがく日めくりについて

おんがく日めくりについての説明や音楽を聴く方法、著作権についてなどご覧いただけます。

関連リンク

ミッドラジオプレーヤ

ページの先頭にもどる