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おんがく日めくり

02月 25日

ビートルズのジョージ・ハリスン誕生(1943〜2001)

ソロとして最初に成功を収めた元ビートルズ

 ビートルズのギタリスト、また3番目のコンポーザー、ジョージ・ハリスン。ジョン・レノンポール・マッカートニーという大天才の陰に隠れて、存在を十分にアピールすることができずにいたジョージですが、序々にその実力を発揮し始めます。アルバム『リボルバー』では、インド音楽を初めてロックに持ち込み、また、実験的ソロ・アルバム『電子音楽の世界』では、当時発明されたばかりのシンセサイザーにいち早く取り組みました。

 ビートルズ解散後は、3枚組の大作『オール・シングス・マスト・パス』で全米No.1を記録し、メンバーの中でソロとして最初に成功を収めます。このアルバムからシングル・カットされ、英米共にNo.1ヒットとなった「マイ・スイート・ロード」は、のちに黒人ガールズ・グループ、シフォンズの「ヒーズ・ソー・ファイン」の盗作として有罪判決を受けます。ジョージは「この歌は、だれのものでもない。正真正銘僕の歌なんだ」という内容の「ディス・ソング」という曲を書きました。

 インド音楽だけでなく、その思想や宗教にものめり込んでいたジョージは、インド思想の師であるラビ・シャンカールの要請によって、1971年の8月に、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで「バングラデシュ救済コンサート」を開催。リンゴ・スターボブ・ディランエリック・クラプトンレオン・ラッセルなどの大スターも参加したこのイベントは、ロックによるチャリティ・コンサートを初めて大規模に行ったという点で高く評価されました。

 ジョージは広い交友関係を持っており、特にエリック・クラプトンとは古くからの親友。ビートルズ時代のジョージの代表曲「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」では、クラプトンがギター・ソロを弾き、「ヒア・カムズ・ザ・サン」は、クラプトンの自宅の庭で作曲。また、現在のクラプトン夫人・パティが、ジョージの元夫人である、というのも、よく知られた事実。クラプトンは親友の妻を愛してしまった自分に悩み、彼女への思いを名曲「レイラ」に結晶させました。こんないきさつがあっても、二人の友情は不変で、ジョージは、ドラッグとアルコール中毒で音楽から遠ざかっていたクラプトンの復帰の手助けをし、またクラプトンは、ビートルズ来日以来25年ぶりとなる1991年12月のジョージの来日コンサートを企画。もちろん「ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス」では、ギター・ソロを聴かせてくれたのです。



マイ・スイート・ロード 作曲:George Harrison 1995 YAMAHA CORPORATION

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