
クラシックの作曲家の中にも「変わり者」と呼ばれる人がいますが、中でもエリック・サティはナンバーワンかもしれません。
彼の母親は6歳の時に亡くなり、13歳の時に父親が再婚しました。継母の手ほどきでピアノを習い、すぐにパリ音楽院に入学しましたが、アカデミックな音楽に反感を持ち、読書ばかりしていたそうです。20歳の時には、軍隊に志願し入隊しますが、わざと気管支炎にかかって除隊。その後はパリのモンマルトルのカフェでピアノを弾きながら暮らしていました。また「ばら十字教団」という神秘主義の秘密結社に入団し、その団体のための音楽を作ったり、さらには自分で架空の団体を作って機関紙を発行し、気に入らない評論家たちを攻撃したりもしました。一方で町会の仕事や、児童福祉のためのボランティアもしていたそうです。39歳のとき、突然音楽学校であるスコラ・カントルムに入学し、再び音楽の勉強を始めました。こちらは優等で卒業。このように、彼は自分の気の赴くままに、さまざまな経験を重ねていったのです。
サティは20歳頃からピアノ曲を中心にさまざまな作品を書いていましたが、40歳を過ぎてから、やっと作曲家として有名になっていきました。楽壇のどの派閥にも属さないサティは、若い音楽家たちから指導者として尊敬されましたが、自分自身はそれを嫌い、晩年は寂しい日々を送ったといいます。そして、彼の作品もまた忘れられていきました。
彼の音楽は、非常にシンプルで、感情に流されない、客観的なもの。それは
ドビュッシーや
ラヴェルにも大きな影響を与えました。「3つのジムノペディ」をはじめとするピアノ作品や、「ジュ・トゥ・ヴ」などの
シャンソンはよく知られていますが、彼の音楽が見直されたのは、ここ30年ほどのことです。押しつけがましさのない彼の音楽を、時代が求めたのでしょうか。
ジムノペディ第1番 作曲:Erik Satie
1999 YAMAHA MUSIC MEDIA
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