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リコーダーの歴史

リコーダーがもっともはなやかに活躍したバロック時代

バロック時代(1600年~1750年)になると、リコーダーはもっぱらソロ用の楽器として用いられるようになってきます。

このことは、当時のアンサンブルが絃楽器(特にヴァイオリン)を中心にした合奏に独奏楽器が1本ないしは数本つくといった〔協奏曲〕〔合奏協奏曲〕のかたちや、通奏低音(1本の低音楽器とチェンバロなどの和音楽器)に1本ないし数本の楽器がついた〔組曲〕や〔ソナタ〕の楽器編成がとられるようになったことと深い関係をもっています。そして、楽器の音色も力強く、刺激の強いものが求められるようになった結果、バロック時代(特に後期バロック時代)のリコーダーは、円錐形の管をもつようになり、高い倍音が豊かに、そして、澄んできらびやかな音色をもつようになってきました。この時代は、リコーダーのための〔ソナタ〕や〔協奏曲〕が数多く作曲され、リコーダーがもっともはなやかに活躍した時代でした。

たとえばG.F.ヘンデルは「7つのソナタ」「2つのトリオソナタ」そのほか、〔オペラ〕や〔オラトリオ〕の中の多くの場面にリコーダーを、また、J.S.バッハは「ブランデンブルグ協奏曲」No2,No4の中でリコーダーを独奏楽器として用いているほか、多くの〔カンタータ〕の中でオブリガート楽器として用いています。
そのほかG.P.テレマンは、リコーダーのために数多くの〔ソナタ〕〔トリオソナタ〕〔協奏曲〕、特に有名な「イ短調の協奏曲」などを書いています。
イタリアでも、A.スカルラッティほか、A.ビバルディが多くの〔ソナタ〕〔トリオソナタ〕〔協奏曲〕(特に「ソプラニーノリコーダーと絃楽合奏のための協奏曲ハ長調」が有名)を書いています。

これらの時代は、明らかな楽器指定はされないのが普通で、“リコーダーのために”と指定された曲はなく、各種の舞曲、〔パバーヌ〕、〔ガリヤルト〕、〔アルマンド〕、〔ファンタジア〕、〔リチェルカーレ〕などが、リコーダーのみで、または他の楽器を加えたアンサンブルで演奏されていました。

もっとも数の多い家庭用楽器のひとつ

さて、リコーダーは1760年ごろから、次第に音量の大きなそして変化のつけやすいフルートにとってかわられるようになり、したがってリコーダーは、現在のようなかたちのオーケストラができあがってからは、オーケストラ用の楽器としてもまったく用いられなくなりました。これは、リコーダーという楽器の機能面の問題、たとえば音量やその変化がつけにくいことと、リコーダーの音色がロマンティックな音楽の音色として不向きであったことなどにもよります。

やがて1919年、イギリスのA.ドルメッチという人が最初にリコーダーを復活させ、1926年にはリコーダーだけのコンソートが演奏され、これが現代におけるリコーダ復興の始まりです。同時に、あるいは若干おそく、ドイツでもリコーダーの復興が始まり、ドイツでは古い音楽を古い楽器で演奏しようとする運動のほかに、学校音楽の中にリコーダーを積極的に取り入れて音楽教育をしようとする人たちが出てきました。リコーダーは家庭でアンサンブルを楽しむための楽器としても普及し、現在ではもっとも数の多い家庭用楽器のひとつとなっており、現在リコーダーはその普及にともない、次の三つの分野で活用されています。

(1)ルネッサンス、バロック時代の音楽を当時の楽器によって再演する演奏

(2)学校における器楽教育とホームアンサンプル

(3)リコーダーのための新しい現代曲の演奏



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